|
迷い犬のご主人探してます
(香川県多度津町南鴨)
8月19日に多度津町南鴨で迷って家に入り込んでました。
首輪もしてます。
雄。
老犬にみえます。
全く吠えずとても人懐っこい犬です。
とりあえず、餌を与えて預かってます。
ホントのご主人に返してあげたい。
もしやって思われる方、心当たりのある方いたらコメントください。
|
|
なにが言いたいのm(ΦェΦ)
|
|
佐賀藩の幕府献上品と出土磁器
(佐賀城本丸歴史館)
佐賀市兵庫町からは、江戸初期の鍋島焼が出土していたり、藩の医学所ともいえる好生館の文字銘が入った磁器が出土。
初期鍋島は、農村部(いや、城下でも)では本来は出土しない遺物・・なのに、なぜに?本来は朝廷や幕府への献上品なので。後期鍋島なら家臣への下賜することもあるようですが・・。
兵庫の町名の元になった成富兵庫茂安と関係が?(安易すぎる・・)
12月1日13:00〜本丸歴史館でその謎が解けると楽しいですね。
兵庫地区から出土した「好生館」銘の端反椀
<好生館は今は県立病院の名前ですが、藩政期は医学所的な施設名でした>
「好生館」銘の椀と同じ時期に製作された三重津海軍所の磁器
「海」や「役」、それに「御舩方」(役方名)の入った磁器がみられます。
日本全国でも、このように公的施設の名を入れた特注品はみられない・・。
焼き物生産に得意な藩ならではの遺物
<現在、佐野常民記念館で展示中> |
|
ドラゴンラーメンのこがしチャーシューが、
なかなかに・・
少し前、佐賀市大財のトヨタ自動車販売店のお隣にオープンしたドラゴンラーメン
390円の価格設定だったので、さして期待もせず訪づれましたが、
いい意味で期待を裏切ってくれました。
こってりなのにスッキリした豚骨スープに中細麺
バリ硬麺で注文
キレのある正統派?久留米豚骨系か
でも、佐賀ラーメンにちょっと近い優しい自然な味わい。
出汁の味が食べた途端にガツンとくるのが苦手な私。
ちょうどイイ感じでした。
それに、焦がしチャーシュー(まさか、たまたま焦げてるのではないと・・)
これが一番気に入りました。
脂がいい感じでトロけてくれて、肉の甘みが美味
こんどは、チャーシュー麺で堪能したいッス
いそいで食べて仕事にいかねば・・ |
|
幕末海軍の科学技術
(企画展「佐野常民と佐賀藩海軍」)
佐賀市の佐野常民記念館で今日から企画展が開催されてます。
三重津海軍所で活躍した佐野常民と佐賀藩の海軍の関わりについての展示。
おもに、文献史料中心の展示ですが、
企画展示コーナーでは、出土遺物の科学分析成果が公開されてます。
シンクロトロン光を使った蛍光X線分析解析
出土した釘や座金、板状製品等を広範囲に分析
製品では、釘と銅板は純銅で製作されていたことが判明。
坩堝内面の付着物も多数分析
小型(〜400ml)は真鍮と青銅を溶解
大型(2,000ml〜)では純銅が溶解
使い分けられていたことが判明。
発掘調査現地説明会で展示されていた小型坩堝の内面
この内面に付着している金属を分析したんですね。
遺跡では、金属製品出土数は少ない。
(海軍所なんで、完成した製品は船に装備されて所外へ、
その他は、再利用されたのではないでしょうか・・・)
そこで、製品製造に使用した坩堝の内面付着物から、
当時、鋳込まれていた製品の成分を明らかにしようとしたわけですね。
坩堝以外にも、甑炉破片からも同様の分析を実施するらしい。
これだけ広範囲に全ての遺物を対象として実施された分析って珍しい。
最終的な成果報告が楽しみです。
ちなみに、考古資料から、在来の坩堝炉や甑炉、鍛冶炉が存在したことが想定。
つまり、在来型の金属溶解炉によって、
当時の最新機械だった蒸気船の修理をしていたということが考えられる。
ただ、「在来」と簡単にはかたずけられない遺物や滓も出土。
そこを、どう考古や分析科学で解釈するかが課題ですね。
金属製品以外にも、磁器胎土や石炭も分析
磁器は有田焼や志田焼、白石焼と遺跡出土磁器を比較。
結果、一部は志田焼に近いとのこと。
点数を増やして検証していくとのことです。
志田とは、佐賀県嬉野市塩田町にあった焼物の産地です。
幕末期には皿を中心に大衆品を出荷してました。
遺跡出土の石炭
古文書では、佐賀藩の多久領だった熊副山や大副山で蒸気船用の石炭が採炭されていたことがわかってますが、それが三重津海軍所で使用されていた確証は得られてませんでした。でも、科学分析の結果、熊副山露頭採取の石炭と遺跡出土の石炭の一部の成分が近いことが判明したとのこと。
現地説明会で公開された海軍所の乾ドック壁の木製骨組
幕末に河口部に構築された蒸気船修繕用のドックです。
「明治日本の産業革命遺産群」のひとつとして世界遺産へ推薦されています。
とても地味ーにとても興味深い遺産。
なにせ、類例が国内にないんですから・・
在来でも、西洋式でもない・・
その点が、この遺跡で行われた金属溶解作業と似てますね。
どこまでが和で、どこからが洋か?
そこを見極めることが、幕末技術の実態を知ることに繋がるのでは・・
その、議論を具体例あげてするうえで、とても重要な遺産かと思います。 |
[ すべて表示 ]


