全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全30ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

根津神社 ― 文京区

イメージ 1

本日5月6日までとなっております『つつじまつり』の根津神社
先日5月2日にいってまいりました。


イメージ 2

東京メトロ千代田線側の大鳥居です。
平日とはいえゴールデンウィークまっさかりなので!!!人が多い!!!


イメージ 3

というわけで、楼門はつつじ苑から撮った写真で。


イメージ 4

参拝の列が延びている唐門の写真は割愛してこちらは拝殿です。
こちらの神社は今から1900年も昔、日本武尊が現在地より少し北側にある団子坂のあたりの千駄木に創祀したと伝えられております。

御祭神は「須佐之男命・大山咋命・誉田別命」
相殿に「大国主命・菅原道真公」

現在の楼門・拝殿などは宝永三年(1706)に建立されたものですが、文明年間(1469〜1487)には、太田道灌が社殿を奉献しているそうです。

 現在根津神社のあるこちらの土地は、江戸時代三代将軍徳川家光の息子で四代将軍家綱の弟綱重の下屋敷があった場所で、有名なつつじ苑は綱重が庭に植えさせたのがはじまりとなり、つつじヶ岡と呼ばれる名勝だったといいます。
 病弱で世継ぎとなる男子のいなかった四代将軍家綱の後継者となった綱重ですが、将軍の座を継ぐことなく35歳で亡くなり、その弟に将軍職は託され、かの有名な五代将軍綱吉さまの時代となります。
しかし、その綱吉も男子にはなかなか恵まれず、ようやく側室にできた待望の男子徳松も早世してしまい、「それじゃあ娘鶴姫の子どもを後継ぎに」と思ったら天下の御老侯水戸光圀に反対されるわ、子宝に恵まれる前に娘婿徳川綱教(吉宗の兄)が早死にするわ(T_T)
 さあ、どうしよう!?
 そーして名前が出てきたのが、将軍職を継ぐことなく亡くなった兄綱重が側室に産ませた息子、綱吉にとっては甥にあたる綱豊(のちの家宣)です。
 やっと後継ぎの決まった綱吉は、うれしさのあまり後継者綱豊の出生家である現在地に根津神社を御遷座し、宝永三年(1706)本殿・弊殿・拝殿・唐門・西門・透塀・楼門などを奉建、それらすべてが現存し、国の重要文化財に指定されているということであります。 


イメージ 5イメージ 6 阿形の狛犬は、特設テントのせいで正面から撮れませんでした(T_T)
狛犬は大正元年九月奉納、石工井龜泉とあります。



イメージ 7 手水舎の写真を撮り、「この水盤は、三百年程前真鶴産本小松石の一枚岩から切り出して造られたものです。澄んだ水が青く見えるほど深く掘られた水壺は石質ともに今では珍しく貴重な手水鉢です。」と書かれた説明板を読み、なるほどと振り返って水盤をみると・・・・

手水舎に人がいない!!?ちょっとした奇跡に喜んで撮ってみました(^−^)

イメージ 8

ほんの1分程度の奇跡の時間でございました。

根津神社には、他にもわたしにとっては楽しい石碑などがまだまだありますが、非常に長くなってしまうので、ひとまず終了ということでm(__)m

最後に一枚、社務所のあたりで写真撮影中の舞妓さんと、それを眺める巫女さんたちに遭遇!

イメージ 9
イメージ 1

 最寄駅は新京成線「薬園台」今や非公認ゆるキャラふなっしーで有名な船橋市内です。

イメージ 2

 神社の参道が駅から住宅地への近道ということで、人の往来はあります。
 桜の木が植えられているので、予定通り4月の第2週に来られていたら桜の花がきれいだったかも(T0T)

イメージ 3

 参道を下って一度鳥居の外へ出ての撮影
 隣の小さな鳥居は「出世弁財天」です。

イメージ 4

 社殿と狛犬、そして松!寄進者は、こちらの責任役員「近藤 勇」という方です。
 鳥居近くにある由来書によりますと、
 こちらの滝台八幡神社は延宝四年(1675)にこの地に奉られたとあります。
 御祭神は八幡様といえばの應神天皇、古来より安産・子育ての神として極めて尊信の篤い神社なのだそうです。

イメージ 5イメージ 6

 狛犬さんの後ろ姿。大正二年十月建立とあります。
 最後の一文字がちょっと怪しいですが石工「金子國松」だと思います(^_^;

イメージ 7

 こちらは社殿に背を向け、参道を下り始めてすぐあたりの左側にある「八幡神社再建記念碑」
 これによると、こちらの神社は一時期荒廃していたものを、 昭和41年4月近隣の氏子の皆さんによる土地の寄進や本殿等の改築により、現在の姿を取り戻したようです。

イメージ 8

 再建記念碑の左隣には古い小祠などがまとめてあります。
 心ないいたずらを危惧してなのか、この小祠は植え込みの中にあり、
 ちょっと無理をしないと前に立つことはできません。
 手水の石鉢は弘化二年十一月とみてとれますが、再建碑側から確認すると、
 後ろの四つのうち前列右側の祠は寛政二年(1790)、左の祠は大正元年十一月(1912)、
 後列右側の青面金剛は享保十一年(1726)、左の祠は正面に「○照大明○」と読みとれ文化二年(1805)とあります。

イメージ 9

 こちらはやはり参道左側の植え込みの中、鳥居に近いところにある出羽三山講と浅間宮の石碑です。
 植え込みの中というのは、いたずらを危惧するというより、スペースの問題かもしれませんね。

 ちょっと風邪をひいてしまったせいで予定通りに来れず、桜の花が見られなくて残念!
 でも桜の木としては花のときより葉が茂っている時期のほうが元気そうに見えるのはわたしだけ?
 住宅地の中にあって、というより神社の周りに家が建ったというほうが正しいのかもしれませんが、
 ほんとうに周囲は民家が立ち並び、近道のためとはいえ、人の往来があるのはこちらの神社にとっては よいことだと思います。
 写真を撮るにはちょっと気を使いますけどね。
 

城址公園―鷺沼古墳

イメージ 1

4月1日、桜の花を撮るため、鷺沼の町を徘徊?

このあたりの神社には桜の木が少ないので、

ふと思い立って子どもが幼稚園のとき以来16年ぶりの城址公園へいってまいりました。

習志野市役所の裏というか、もう少しわかりやすい道もあるかもしれませんが、

あえて住宅街の路地から鷺沼古墳の案内表示です(^_^;)


イメージ 2

あまり写ってはいませんが、

この日は春休みということもあって花見の老若男女でにぎわっておりました


イメージ 3 鷺沼古墳の案内板の園内図のとおり、古墳群の保護のために造られた公園で、さほど広くはありません。


イメージ 4

「鷺沼源太満義諸武士之碑」園内図には「源太石碑」とあります。

石碑裏側の碑文によりますと、「正應年間(1288〜1292)に市川城主里見氏ら下総十有城主一團

となっての北条氏康との戦いに敗れ戦死した鷺沼源太その他の霊魂の冥福を祈るため、昭和34年3月に

建立された」そうです。

鷺沼源太満義(光義とも)なる人物に関しては諸説ありまして、第二次国府台合戦とおもわれる碑文中の

戦いに参戦していたかどうかは定かではありませんが、石碑の後ろに写っている木製の小さな鳥居の奥が

園内図のA号古墳となります。


イメージ 5

大人はかがまないと通れない木製鳥居の奥には小さな祠ががありまして、

通称「源太塚」と呼ばれております。

うちの子どもはこの近くの小学校出身ですが、小学校のころ学校からこの公園に来て、この「源太塚」に

ひとりづつお参りしたという事実を、わたしはつい数日前に知りましたが

この塚のあたりは子どもたちの絶好の遊び場のようで、

写真を撮る1〜2分の間もその前後もひっきりなしに大小とりまぜた子どもたちが行き交っておりますが

じつはわたくしこの園内のこの場所が大の苦手でして、

さきほどの石碑の碑文を撮るために鳥居に背を向け、

そのことをさして気にも留めずに撮影していると、その間中ずっと背中が寒い!!

そして鳥居をくぐって塚までいけば、

たいした距離でもなく、ほんの1〜2分程度の間のなんともいえない居心地の悪さ!!


イメージ 6 そして脇を通りふと左をむくと、こちらの埴輪さんと目が合う!!

ちなみに、こちらの埴輪のレプリカは、出土した埴輪を模したものではない!ということです。

出土した下総型円筒埴輪という下総地方独特の埴輪から、6世紀後半のものと推定されているA号古墳が

どなたのお墓であるかはいまだ謎ですが、

どうやら地元の子どもたちには楽しい遊び場を提供していただいているようです。

でもおとなはあまり近づかない・・・


イメージ 7

さて、園内図のB号古墳がこちらの鷺沼古墳の石碑と後ろの小さな小屋です。

小屋の内部に出土した石棺が保存されておりまして、

外から見学可能ですが、こちらは子どももあまり寄りつかない。

でもこちらのほうが見通しはいいです。

だから秘密基地的な気分が味わえないので、子どもたちがこないのかもしれませんが、

こちらは南房総方面から運ばれたと考えられる砂岩・凝灰岩を金属製の工具で加工して造られた二基の

箱式石棺の造りや、埴輪が立てられなかったことなどから6世紀末のものと推定されております。


イメージ 8

今日あたりで終わりかもしれませんが、桜はきれいな公園です。

城址公園という名の「城址」の部分に関しては、ここが本当に「城址」であるかどうか

定かではないようです。

かの有名な「吾妻鏡」にある、源頼朝が石橋山の戦い後に兵を整えた「鷺沼旅館」を「鷺沼城」に

比定するという説を容れれば、平安時代にまでさかのぼることになる「鷺沼城」

「城」といっても現代に残っているような天守閣のあるものではなくいわゆる「館(やかた)」

のような形式ではないかと思われますが、〜〜ロマンですねえ・・・・・・


このあたりで生まれ育った人たちには優しい場所。・・・・・でもわたしは苦手です(T_T)

桜はきれいですよー
イメージ 1

これはおととい、2014,3,28の上野公園の様子
この日、桜はまだ5分咲き程度でしたが、人出はかなりありました


イメージ 3

東照宮も屋台など出ておりまして、お花見モード!!

こうなるとゆっくり写真を撮る雰囲気でもないので、以下は今年1月に撮った写真で・・・


イメージ 2

確か2010年の花見ごろに修復作業中のテント姿をアップしたと思いますが

咋年12月に無事修復作業を終えて、きれいになった表参道からの唐門と社殿です。

1651年(慶安4年)に三代将軍徳川家光が造営したものだそうです。


イメージ 4

拝観料600円を払って入ると透塀(すきべい)

格子から向う側が見えることからこの名前がついたそうですが、

この格子の上下にさまざまな彫刻がほどこされております。

イメージ 5
イメージ 6

格子の上欄には野山の動植物、下欄には川や海の動植物ということで

上欄の代表としてカマキリ、下欄の代表アワビ!

想像上の動物などもあり、みごとな彫刻はいつまで観ていても飽きません。


イメージ 7

社殿です。内部はまだ非公開、社殿前のスペースがあまり広くないので、

わたしのカメラでは正面から撮影できませんでした(T_T)

修復したてということもあって、きらびやかです。


イメージ 8イメージ 9

唐門の錦鶏鳥の透彫もみごとですが、柱の昇り龍も迫力です。

有名な左甚五郎作といわれているこの昇り龍は、不忍池へ水を飲みにいったという伝説もあるとか


イメージ 10

水舎門、鳥居の近くにあるこの門は以前のままですね。

修復前の社殿はこんな感じ、というかけっこうぼろぼろだったようなので、修復は当然なんですけど

ちょっときれいにしすぎちゃった?

いずれまた古くなるとはいえ、

以前の雰囲気もすこし残してほしかったというのは贅沢な願望なのかもしれません。

ただ、社殿周囲の居心地の良さは多分以前のままだと思います。
町会の役員などやっておりますと、盆踊りが終わっても雑用がのこりますm(__)m

さて、復活!!後編は天津神社から

イメージ 1

 咋年3月30日に行った時にはロープが張られて立ち入り禁止となっておりました。狛犬の前の倒壊した石灯篭がおわかりでしょうか?
わが家からはいちばん近い距離にあるのですが、何度行っても鳥居の前にたどり着く路地を忘れてしまうわたしは、ついつい後日の確認作業をせずにおりましたが、ただ更新が遅れただけではいけないと昨日ウオーキングついでにいってまいりました。

イメージ 2イメージ 3

 携帯写メでピンボぎみですが、直されているのはおわかりいただけると思います。

イメージ 4

 震災で玉垣がドミノ倒しのようにほとんど倒れてしまいました大原神社。
 わたしが行きましたのは咋年4月5日、このときには倒れた玉垣は神社敷地内にありましたが、10月の町会秋祭りの際に神職の方にお聞きしたところ、地震のときには倒れた玉垣は約2m下の歩道にたくさん落ちていたとか。
 神社の後方には小学校がありまして、当然のことながら通学路になっている神社周囲の歩道。
 午後2時46分、小学生がまだ下校していなかったのは幸いでありました。

イメージ 5

 いまはすっかり直された玉垣、神職の方曰く「今度は倒れないようにしっかり直しました。」そうです。

イメージ 6

 境内の石灯籠が片方だけ倒れておりましたが

イメージ 7

 これも咋年7月にきちんと再建されております。


 大原神社から徒歩5分程度のところにあります誉田八幡神社

イメージ 8
 4月のはじめといえば、このあたりでは桜の時期。
 鳥居のそばには桜も咲いて、一見何の被害もなさそうでしたが

イメージ 9

 古い石灯籠が向って左側のみ倒壊しておりました。
 わたしが見たところこれ以外には特に被害は無かった様子。

イメージ 10

「えっ!?神社がない!?」今年7月に行ってびっくり!!
 いやいやよく見れば、工事中なのは鳥居の前。張り巡らせたシートの後ろに鳥居が少しだけ見えております。 

イメージ 11

 倒れた石灯篭はきちんと再建されておりましたが、それに加えて

イメージ 12 新しい石灯籠と
イメージ 13 狛犬が奉納されております。狛犬には平成24年9月吉日とありますが、恐らく神社の例祭に合わせて奉納するものと思われます。

全30ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.
なちゅおば3
なちゅおば3
女性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事