船橋市編

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 最寄駅は新京成線「薬園台」今や非公認ゆるキャラふなっしーで有名な船橋市内です。

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 神社の参道が駅から住宅地への近道ということで、人の往来はあります。
 桜の木が植えられているので、予定通り4月の第2週に来られていたら桜の花がきれいだったかも(T0T)

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 参道を下って一度鳥居の外へ出ての撮影
 隣の小さな鳥居は「出世弁財天」です。

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 社殿と狛犬、そして松!寄進者は、こちらの責任役員「近藤 勇」という方です。
 鳥居近くにある由来書によりますと、
 こちらの滝台八幡神社は延宝四年(1675)にこの地に奉られたとあります。
 御祭神は八幡様といえばの應神天皇、古来より安産・子育ての神として極めて尊信の篤い神社なのだそうです。

イメージ 5イメージ 6

 狛犬さんの後ろ姿。大正二年十月建立とあります。
 最後の一文字がちょっと怪しいですが石工「金子國松」だと思います(^_^;

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 こちらは社殿に背を向け、参道を下り始めてすぐあたりの左側にある「八幡神社再建記念碑」
 これによると、こちらの神社は一時期荒廃していたものを、 昭和41年4月近隣の氏子の皆さんによる土地の寄進や本殿等の改築により、現在の姿を取り戻したようです。

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 再建記念碑の左隣には古い小祠などがまとめてあります。
 心ないいたずらを危惧してなのか、この小祠は植え込みの中にあり、
 ちょっと無理をしないと前に立つことはできません。
 手水の石鉢は弘化二年十一月とみてとれますが、再建碑側から確認すると、
 後ろの四つのうち前列右側の祠は寛政二年(1790)、左の祠は大正元年十一月(1912)、
 後列右側の青面金剛は享保十一年(1726)、左の祠は正面に「○照大明○」と読みとれ文化二年(1805)とあります。

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 こちらはやはり参道左側の植え込みの中、鳥居に近いところにある出羽三山講と浅間宮の石碑です。
 植え込みの中というのは、いたずらを危惧するというより、スペースの問題かもしれませんね。

 ちょっと風邪をひいてしまったせいで予定通りに来れず、桜の花が見られなくて残念!
 でも桜の木としては花のときより葉が茂っている時期のほうが元気そうに見えるのはわたしだけ?
 住宅地の中にあって、というより神社の周りに家が建ったというほうが正しいのかもしれませんが、
 ほんとうに周囲は民家が立ち並び、近道のためとはいえ、人の往来があるのはこちらの神社にとっては よいことだと思います。
 写真を撮るにはちょっと気を使いますけどね。
 

節分 ― 二宮神社

m(__)mあけましておめでとうございます?m(__)m

 今年初めての更新です。というか2ヶ月ぶりです(^_^;

 昨日行ってまいりました、二宮神社の節分神事です。

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 街頭の張り紙に午後2時よりとあったので、到着したのは午後1時50分ごろでしたが、どうやら2時から始まるのは豆まきではなく、社殿内で行われる神事の開始時間だったようで、氏子さんたちが社殿に入って行くところでございました。

イメージ 2 午後2時8分、神職の方がたが社殿に入りまして神事が始まったようです。

イメージ 3 社殿の前にはお囃子の太鼓がスタンバイされております。

イメージ 4 午後2時36分 社殿内で神事が続く中、待ちくたびれた豆まき待ちの子どもたちが境内で動きまわっております。これを見ていると結構楽しいんですが、ただ待つのみの大人は寒い!!

イメージ 5 その頃の境内の様子。まだそれほど人は集まっておりません。

イメージ 6 午後2時46分 神職の方々が社殿から出てきました。いよいよか!…と思いきや、さらに20分ほど待つ。

イメージ 7 午後3時8分ごろ、ついに中での神事を終えた大黒様登場!その頃、鬼の通路として空けておいたはずの社殿の前にいいカメラを持ったいい年の皆さんが割り込んでこの状態です。

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 大黒様の舞いは6〜7分で終了。

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 午後3時24分ごろ、獅子舞がはじまります。ひょっとこトリオが寝ている獅子を起こそうと奮闘します。

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 獅子舞約10分ほどで終了。獅子役の方が最初に獅子を被るところがカッコよかった!

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 更に10分後の午後3時44分、鬼たちが社殿から出てきました!

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イメージ 13 鬼たちが境内を逃げ回り、こどもが豆をぶつけます!

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 さあ、いよいよ豆まきだ!豆と一緒に餅やお菓子もまきます。「子どもを優先的に社殿の前に、大人は後ろでお願いします。」というアナウンスがありまして無事終了!

 実は神社の豆まき初参加だったわたし、豆まいて拾って終わりだと思っておりましたらば、神事が色々あることにちょっとびっくり!! 
 同じように初参加だったと思われる子連れのお母さんたちは待ち時間にぐったり(^_^;
 北陸、東北地方の方々には笑われそうですが、気温6度の日陰はとにかく寒かったのよ(ToT)
 そんなわけで、マイペースでだらだら続いているブログですが
          今年もよろしくお願いいたします。

東船橋 日枝神社

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 相変わらず素早い更新ができないわたしですが、前回浅間神社であろう「茂侶神社」に行った10月27日にいっております。ということは11月9日にも行きましたが、こちらは10月の写真ばかりです。
写真の一の鳥居が面している道路をそのまま船橋方面へ行きますと、左側に船橋大神宮こと「意富比神社」があります。

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 二の鳥居なんですが、この日は参道の木の剪定をしていたようで、大きな車両が参道に陣取っておりました。そのため参道と平行している脇の道から境内へGO!

イメージ 3 ここから二の鳥居の内側、境内の一段下の参道に入ります。
イメージ 4 切られた枝?結構太いです。参道に沿って民家があるので、大きな木は肩身が狭いかもしれません。

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 少々の紆余曲折ののち、石段を数段あがりまして境内へ入り、社殿と狛犬です。
 こちらの「日枝神社」は享和3年(1803)の「村鑑明細上帳」には、山王権現として記載されております。
〜〜〜万治2年(1659)当地二悪疫流行シ祭神大山咋命ノ祭場設ケ祈念セシ所、幸ナルカナ速二撲滅シ、依之市内人民協同ス〜〜〜
 という文面がのこっておりまして、当時流行した病気早期撲滅の御礼として、この年に周辺住民によって建てられた神社ということです。
 ですから、御祭神は当然「大山咋命(オオヤマクイノミコト)」でございます。

 「写真で見る五日市」によると、狛犬は慶応3年のものです。

イメージ 6 こちらは社殿に向かって右側にあります「出羽三山講碑」嘉永6年(1853)のものです。
イメージ 7 こちらは先ほどの脇道の、ちょうど本殿脇あたりに位置するところしある石塔で、右から享保3年(1728)如意輪観音像、寛文2年(1662)延命地蔵、寛文9年(1669)如意輪観音像、恐らく十九夜講の石塔と思われます。

 さあこの先道がないのかと思いきや、意外と続いている狭い路地を、駅に近いところにある道祖神社目指して歩きます。

東船橋 茂侶神社

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 東船橋の住宅街にあります「茂侶神社」です。道路に面したところに鳥居も社名碑もないのでちょっとわかりにくいです。目印は電話ボックスとカーブミラーでしょうか。今回の写真の大半は10月27日に撮ったものですが、わたくしこの参道入り口の写真を撮りそこなっておりまして、本日また行ってまいりました。距離的には京成船橋競馬場駅のほうが近いと思いますが、道がわかりにくそうなのでJR東船橋から15分くらい歩きました。

イメージ 2 11月に入りまして資料をさがしたところ、撮り忘れが発覚したのがこちらの「古布多ヶ池」の石碑です。その昔はここで水浴させると子どもの病気が治るといわれた湧水池だったそうです。現在は「池」の字まで埋まってしまっている、裏に昭和11年と刻まれたこの石碑を残すのみです。

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 参道を入って少し行くと社名碑があります。「延喜式内茂侶神社」一応論社の中の一社であります。

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 ようやく鳥居です。額束にも「延喜式内茂侶神社」とあります。長くて古い参道ではありますが、特にきついのぼり坂でもありません。

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 境内ほぼ中央にある銀杏の木に生ったぎんなん。アラ50にして、木に生るぎんなんを初めて見るわたしです(^_^;

イメージ 6 まずは10月27日に撮った手水と社殿の写真。
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イメージ 8 そして本日の写真。手水にきれいな屋根ができておりました!社殿のコーンも片づけられております。
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 意外とと言っては失礼ですが、本殿の屋根は他の古さに比べて美しい。
 こちら御祭神は「木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)」です。・・・・・ん?
 実はその昔このあたりは「砂山」という地名でして、元禄15年(1702)の「下総国葛飾郡五日市村御検地水帳」には「浅間神社」と記載されております。が、享和3年(1803)の「村鑑明細書上帳」では「茂侶神社」になっておりまして、天保7年(1836)の「江戸名所図会」には「意富比神社の摂社茂侶神社」となっているのであります。
 どうも元禄から享和の100年の間になぜか「茂侶神社」になってしまったようですが、地元の古い方がたは「砂山浅間」と呼んでいるようです。

 御祭神は「木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)」なんだし、「浅間神社」なのでしょうね。

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 本殿の後ろ側にあります「阿夫利神社」御祭神は「大山祇命」「木花開耶姫命」の父神です。

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 敷地の外から撮ってみました。ちなみに敷地の左右は住宅街、この写真の向いは中学校なんですけど、ここだけ別世界のように鬱蒼としております。でも昼間はけっこう人が通り抜けていく神社です。

猿田彦神社

 娘のブーツのせいでわが家の下駄箱を買い替えているうちに年が明けてしまいました。

 今年もよろしくお願いいたしますm(__)m

イメージ 1 前回の続きです。船橋駅に向かって歩いていると、最近そこここでよく見かけるドンキホーテの看板を、道路の左側に発見!

イメージ 2 その看板の脇、やや後方に見える鳥居が「猿田彦神社」です。グーグルマップに載ってます。

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 前回の稲荷神社よりも小さな敷地で、狛犬もありません。

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 社殿にはしっかり「猿田彦神社 庚申堂」と書かれております。
 こちらも創建は不明ですが、大正のはじめごろというかこのあたりが農地だったころは五穀豊穣、商店が多くなってからは商売繁盛の神として祀られているそうです。

 でも古くからある街道沿いにある「猿田彦神社」なんだから、やっぱりはじめは道中の安全を祈って建てられたんじゃあないでしょうか。


実はわたし、地図でこの神社を見つけた時、なぜか街道沿いにある下の写真のこちらがそうだろうと勝手に思い込んでおりました。

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 車で何度か前を通り過ぎた時になんとなく目に入っておりました、こちらは「西向地蔵尊」です。
こちらには宝暦八年に奉納された阿弥陀如来像や、元禄九年に奉納された立尊象があります。

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