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京成線新千葉駅の近くにあります「登渡神社」です。通称「登戸神社」とも呼ばれます。 鳥居の内側から見るとこんな感じ。鳥居の前はバス通り、この写真の右方向に少し行くと、国道14号と357号の合流道路に出ます。周りは住宅街です。 参道から石段を上がったところが境内。 拝殿は、平成2年に造営されました。古くはないですが、趣きがあります。 こちら「登渡神社」は、正保元年(1644)9月5日に豪族千葉氏の遺族である登戸権介平定胤が先祖供養のために、当時の千葉妙見寺(現在の千葉神社)の末寺「白蛇山真光院」(通称登戸妙見寺)として妙見大菩薩を奉斎したのがはじまりとされています。その後、慶応3年(1867)に社号を改め「登渡神社」となりました。 本殿は嘉永3年(1850)6月に完成したもので、昭和6年の大修理と平成2年の移築を経て現在に至っております。いたるところに見事な彫刻が刻まれておりまして、昭和43年より千葉市文化財に指定されているそうです。第二次大戦の空襲で全焼した千葉神社とはそう離れておりませんが、こちらは被害を免れたようですね。 御祭神は「天御中主神(アメノミナカヌシノカミ)」「高皇産霊神(タカミムスビノカミ)」「神皇産霊神(カミムスビノカミ)」の造化三神に、明治41年「天日鷲神(アメノヒワシノカミ)」を合祀。 当然といえば当然、本殿の屋根にも千葉氏の家紋。 もともと寺院であっただけに、駐車場のほうには大師堂や青面金剛などの石塚もあります。 御神木は銀杏です。千葉寺ほどではありませんが、けっこう大きな木ですよ。 御神木って銀杏の木多いですよね。何でだろう??? こういう住宅街にある神社にいくと、通りすがりに鳥居の前で一礼するお年寄りの姿を目撃することはありますが、こちらの神社は通りすがる人の8割くらいは老若男女を問わず一礼していきます。
散歩の途中やら、仕事の途中やら?に参拝していく人も結構います。 わたしは基本無宗教なんですが、地域に根差した信仰心というのはこういったものなんだろうなぁ、とちょっと感心してしまいました。 こういった信仰心が続くかぎり、この神社は地域の人々にとって「心地よい神社」であり続けるだろうと思います。 |
千葉市編
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お久しぶりですm(__)m 腰が痛い(T_T) 京成稲毛駅から海側に徒歩5分、国道14号線と357号線の合流した道路に看板?もあり、駐車場にも入りやすく、このあたりでは有名どころの「稲毛浅間神社」です。 神社の鳥居は国道を千葉方面に向かって左側に見えます。 鳥居をくぐって参道は上り坂です。歩道は広く、植え込みも広い。つまりこのあたりの神社としては、かなり敷地が広いです。 さあ、ちょっと戻って石段を上がります。 こちらが社殿です。昭和41年に再建した鉄筋コンクリート製、平成20年に御鎮座1200年記念事業として外壁が再塗装されております。 「稲毛浅間神社」の御鎮座は古く、大同3年(808)5月30日富士山本宮浅間大社の御分霊を奉斎したのが起源とあります。起源の月日まで明記されているのはあまり見かけませんね。 御祭神は主神「木花咲耶姫」配神「二二ギ尊」と「猿田彦命」です。 当然のことながら豪族千葉氏代々の篤い信仰も古記録などから確認できているようです。 この日は5月13日、天気も良かった。この日はこちらの前に後日更新予定の「登渡神社」へも参拝し、機嫌も上々だったんですが、この2社がとても気持ちが良い!!正直言って、こちらは地元ではあまりに有名で、ちょっと観光地化しているのでは?とあまり期待はしておりませんでした。実際境内は平成20年に手を入れたばかりとあってきれいすぎるほど綺麗でして、木製の社殿の雰囲気が好きなわたしとしてはちょっと寂しい感じだったのですが、参道をぶらぶらしているとなんだかとても落ち着くの。人間たちが敷地内をどう造ろうと姫神様は気にもせず、今も健在!!という感じでした。しかしこのあと庭の雑草取りやら町会の活動やらでほとんど持病ともいえる腰を痛め、ふと気がつけばこの日から3週間神社めぐりをお休み中のわたしです(T_T)
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「りゅうぞう」つながりで・・・・・といっても、わたしが行ったのはこちらの方が先でした。 JR本千葉駅から、場所を知っていれば多分5分はかかりません。 駅前付近の広い道路からは気配もわからない、ゆうちょ銀行の後ろの方にあります「龍蔵神社」です。 前回は「瀧蔵」今回は「龍蔵」ちがいは「さんずい」(^_^; 実は、最初に行ったのは2月です。以前ご紹介した「厳島神社」と同じ日にいっております。 「厳島神社」もこちらの「龍蔵神社」も駅から近く行きやすいので、千葉県在住の方のブログにはよく出ております。 それで、何か面白い資料はないかと探しておりましたが・・・ありませんでした(T_T) こちらの社殿は昭和46年に造営されたものです。 創建に関するものとか、ないんですよ。地元の方が書かれた「風土記」とかを探していたのですが、残念ながら見つかりませんでした。 2度目に行ったときには当然鳥居から入ったのですが、天気が良くなかったためか雰囲気が全然違うんです(立地条件もあってべつに怖くはない)。初めて行った時の清々しさがない? 社殿を立て直すことになったきっかけが「都市改造事業の進展に伴い」ということなので、そのとき鳥居とか社殿の位置を変えたのでは?と思って必死に資料を探していたわけなのでした。 残念ながら資料が見つからなかったので、わたしの感覚的なものやら想像の域を出ない話になってしまっておりますが、どなたかご存じの方いませんかぁ。 |
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ちょっと間が空いてしまいましたが、前々回の「千葉寺」の敷地内にあります「瀧蔵神社」です。 千葉寺の本堂は、少し手前の左側にあります。右側の建物は社務所です。 お社は大きくはありませんが、みごとな彫刻でかざられております。 賽銭箱には、きっちりと豪族千葉氏の家紋が入ってます。 御祭神は「海津見神(ワダツミノカミ)」千葉氏5守護神のひとつだそうです。 お社も狛犬も小ぶりではありますが、千葉寺の敷地内にあってしっかりとした存在感があります。
お寺と神社って雰囲気がまったく違うものなんですが、同じ千葉氏関係だからなのか?違和感ありません。 ついでに資料もみつかりませんでした(T_T) もともと、JR本千葉駅近くにある「龍蔵神社」に関する資料を探す途中でこちらをみつけ、「地元では有名なお寺にある神社だから何か資料があるだろう。そこから本千葉の「龍蔵神社」につながったらもうけもの」と思ったのが甘かった! 多分見つけるのもヘタなんだと思いますが、千葉市内の「風土記」的な出版物は以外と少ないです(T_T) |
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京成千原線千葉寺駅から徒歩10分はかからないと思います。 「千葉寺」仁王門は、文政11年(1828)に建立されたものです。 本堂です。千葉寺は、和銅2年(709)に僧行基によって創建されたといわれている千葉市内最古の寺院で、平安時代以降豪族千葉氏の祈祷所として、千葉氏の保護を受けてきました。 写真ではちょっとわかりずらいですが、本堂正面の扉に千葉氏の家紋をみることができます。 仁王門と同じく文政11年に建立されましたが、昭和20年7月7日の空襲で焼失、現在の本堂は昭和51年に落成したもので、鉄筋コンクリート製です。 鐘楼も、文政11年のものだそうです。 創建当時からの樹齢があるといわれております公孫樹(いちょう)の木です。神社なら「御神木」というところですが、寺院なのでなんというのか?とにかく大きいです。 昭和10年から千葉県の天然記念物に指定されております。 |





