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これはおととい、2014,3,28の上野公園の様子
この日、桜はまだ5分咲き程度でしたが、人出はかなりありました


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東照宮も屋台など出ておりまして、お花見モード!!

こうなるとゆっくり写真を撮る雰囲気でもないので、以下は今年1月に撮った写真で・・・


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確か2010年の花見ごろに修復作業中のテント姿をアップしたと思いますが

咋年12月に無事修復作業を終えて、きれいになった表参道からの唐門と社殿です。

1651年(慶安4年)に三代将軍徳川家光が造営したものだそうです。


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拝観料600円を払って入ると透塀(すきべい)

格子から向う側が見えることからこの名前がついたそうですが、

この格子の上下にさまざまな彫刻がほどこされております。

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格子の上欄には野山の動植物、下欄には川や海の動植物ということで

上欄の代表としてカマキリ、下欄の代表アワビ!

想像上の動物などもあり、みごとな彫刻はいつまで観ていても飽きません。


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社殿です。内部はまだ非公開、社殿前のスペースがあまり広くないので、

わたしのカメラでは正面から撮影できませんでした(T_T)

修復したてということもあって、きらびやかです。


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唐門の錦鶏鳥の透彫もみごとですが、柱の昇り龍も迫力です。

有名な左甚五郎作といわれているこの昇り龍は、不忍池へ水を飲みにいったという伝説もあるとか


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水舎門、鳥居の近くにあるこの門は以前のままですね。

修復前の社殿はこんな感じ、というかけっこうぼろぼろだったようなので、修復は当然なんですけど

ちょっときれいにしすぎちゃった?

いずれまた古くなるとはいえ、

以前の雰囲気もすこし残してほしかったというのは贅沢な願望なのかもしれません。

ただ、社殿周囲の居心地の良さは多分以前のままだと思います。
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 前回の「押上天祖神社」実はそちらへ行く前にじつは「榎戸稲荷神社」へお参りさせていただいておりました。
 墨田区役所横川出張所のすぐ近くにこちらの「榎戸稲荷神社」はございます。
前の道路から見える神社のほぼ全景なのですが、こちらの鳥居はご覧の通り玉垣にふさがれておりまして、くぐる事ができません。
 なぜこんなことになっているのか?・・・わかりませんでした(T_T)

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 お社の前には稲荷神社らしい赤い鳥居が建っております。もちろんくぐれます。
 創建年代は不明ですが、古くは榎戸山常照寺が別当寺となっており、常照寺の開山時期などから江戸初期に創建されたと推定されているそうです。

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 お社の左にある「榎戸不動尊」です。
 このあと前回の「押上天祖神社」へお参りして、さらに所用のため東京都墨田都税事務所へと向うわたし。このあたりは町工場が多いところなのですが、なかには変わった建物もありまして・・・

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 途中にあるお城のような建物は、和菓子屋さんでした。

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 都税事務所は普通の建物ですが、江戸時代には貨幣を造る鋳造所「小梅銭座」があった地域なのだそうです。当時の貨幣は金貨・銀貨・と銅、真鍮、鉄から造る銭貨の三種類。金貨の鋳造所は金座、銀貨は銀座、銭貨は銭座といわれたそうですから、このあたりは銭貨の鋳造所があった地域ということですね。
 この「小梅銭座」は寛永通宝の銅貨を鋳造した所で、こちらで造られた銅貨には背面上部に「小」の文字が入っているそうです。

以上、書類を集めるぶらり旅でしたm(__)m

 

押上天祖神社

 きっちり2ヶ月ぶりの更新となってしまいました(T_T)
この間に亡伯母の遺産相続手続きを終え(わたしの相続分は無い)、姪の結婚式に出て、町会の盆踊りを乗り切り、車の買い替え(中古車)をほぼ完了したあと、HPのリニューアルをしつつ先月末に娘と京都旅行を敢行いたしましたm(__)m

 京都旅行の分は写真を撮りすぎて整理しきれておりませんので、今年5月に墨田区役所横川出張所と東京都墨田都税事務所へ所用で出向いたときに行ってまいりました「押上天祖神社」で久々の更新をさせていただきますm(__)m

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 この時は、JR錦糸町駅から徒歩で横川出張所経由で行っておりますが、最寄駅としては「押上」だと思います。

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 「押上天祖神社」の創建は、延元年間(1336〜)だそうですが、そのころ現在の東京の下町は海に島やら浮洲が点在していたようなところでして、押上のあたりは「柳島」という島だったようなので、古くから人も住んでいたのかもしれません。
 大正時代までは平川橋4丁目にあり、関東大震災で焼失したのちに昭和3年区画整理で現在地へ移り、社殿も再建されたものの、昭和20年3月の東京大空襲でまたもや焼失(T_T)
 その後、昭和27年に社殿を再建し32年に創建六百年記念として鳥居が再建されたのだそうです。
 このあたりの社寺ではこんな話はよくあります。地震で壊れようが戦争で焼かれようが何度でも立て直す。時間はかかってもやればできます!!みんなで復興しましょうね!!

 ところで「押上」といえばスカイツリー、社殿の後ろに写っておりますが、背が高すぎててっぺんまでは写らない(T_T)
 無理やり社殿をいれててっぺんまで写すと・・・

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 わたしのカメラではこんな感じになります。
 この日は曇天、てっぺんは雲に隠れております。

 こちらの御祭神は「天照大神」のほか「八幡大神」「春日大神」ですが、一説にはその昔、付近の川が増水してどこからか堤防に押し上げられた御神体を、近くに住む農民たちが安置して祀ったともいわれております。

イメージ 4イメージ 5 狛犬は、昭和32年の創建六百年記念の折に奉納されたものです。

 町中にある神社なのですが、平日の昼間ということもあってか周囲は以外と静かでなぜか落ち着く境内でした。

文京区 白山神社

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 今日は梅雨時らしい天気といいますか、やや涼しめですが、暑かった6月22日に伯母を訪問するついでにいってまいりました。
 都営三田線白山駅からすぐ、東洋大学白山キャンパスも近くにあります「白山神社」です。

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 前にある桜と思われる木で隠れてしまって全景が撮れない社殿です。

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 近くで見ると、みごとな彫刻が施されております。
 天暦年間(947〜957)に加賀一の宮の白山神社よりし、現在の本郷1丁目付近に創建されたこちらの神社は、その後元和2年(1616)に現小石川植物園内へ遷座、そして明暦元年(1655)に現在地へまたもや遷座して今日に至っております。
 歴史が長いだけに過去2度の火災にも遭っておりまして、現在の社殿は明治32年建設され昭和8年に大改修されたもののようです。

 ご祭神は「菊理姫命(ククリヒメノミコト)・イザナギ命・イザナミ命」

 白山神社、菊理姫というと「蛇」というイメージが強いわたしですが、こちらにはそれっぽいものは無いようです。

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 狛犬の目が金色に塗られております。阿形のほうは写真では陰のせいで少々強面ですが、現物はどちらかというと陽気でファンキーに見えますよ。

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 社殿に向かって左がわにある「関東松尾神社」は江戸時代に白山神社の境内地に京都より勧請されたとあります酒造の神様なんですが、どうもなにやらご不満そうで不機嫌な雰囲気をかもしだしております。
 
イメージ 7 さて、こちらは敷地内いたるところにアジサイが咲き乱れております。手水舎にもアジサイ
イメージ 8 そして社殿右側の渡り廊下の下をくぐります。「頭上注意」とありますが、多分地上から150cmはないと思われます(^_^;

イメージ 9 残念ながら公開期間が終わっていて中には入れない「浅間神社」の小山

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 外からでもみごとなアジサイを見ることができます。
 
 でも中に入りたかった(T_T)

神田神社

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 ほぼ1月ぶり、お久しぶりの更新となりました。
 一昨年9月、伯母の成年後見人申請のために東京の家庭裁判所へ出向いた際、行ってまいりました「将門首塚」。そのときに時間切れで行かれなかった「神田明神」こと「神田神社」へ、今年1月に亡くなりましたその伯母の手続きの関係で板橋区役所へ行った帰りに参拝いたしました。

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 大鳥居からきもち上り坂になっているそう長くはない参道の先にあります「随神門」
「神田神社」と書かれた大鳥居の額束と社名碑、そして由緒書を見た後「神田明神」と大きく書かれた随神門の提灯を見て参拝者の多くがつぶやく「神田神社?神田明神だよねえ・・・どっち?」

 正式名称「神田神社」由緒書に書いてありますよ〜。
 でも「神田明神」のほうが一般的にはわかりやすいですよねえ。

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 随神門をくぐって左側、手水舎の斜め後方にある、日本最大といわれております「だいこく様」の巨大な石像です。「だいこく様」とは≪大黒⇒大国⇒大国主命=大己貴命≫ということで、こちらの御祭神一の宮「大己貴命(オオナムチノミコト)」

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 巨大だいこく様の右側にだいこく様の方向を向いているのが平成17年に建立されたばかりの御祭神二の宮「少彦名命(スクナヒコナノミコト)」ことえびす様のちょっと変わったかわいらしい像です。

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 立派な社殿です。
 御祭神はもう一柱、三の宮「平将門命」が御鎮座されております。
 創建は天平2年(730)、現在の「将門首塚」の場所にあり、延慶2年(1309)に将門公が合祀されたそうです。その後、怪僧天海によって江戸城の鬼門(北東)の守りとして現在の地に移された「神田明神」には将門の胴が祀られているいわれております。

イメージ 6 狛犬もなかなかの迫力。昭和8年5月と刻まれております。
イメージ 7 まわりにいろいろ置かれてちょっと窮屈そうな吽形の狛犬ですが、側面に沿うように置かれているのは
イメージ 8 今年3月11日の東日本大震災により中止になった「神田祭」の公式ガイドブックが300円で販売されておりました。代金はすべて被災者の義援金として寄付されるということなので、わたしも1冊購入させていただきました。

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 阿形の狛犬の右側に「獅子山」なるものがあります。この獅子山とは文久2年(1862)11月に納められたものですが、大正12年(1923)9月1日の関東大震災で獅子山は崩壊してしまい、無事だった親獅子夫婦の石像を生かすべく、平成3年に再建されたものだそうです。頂上の親獅子まで3メートルくらいあるでしょうか?全体的に結構大きい山です。

 さて、子どものころから時代劇好きのわたしとしましては、「神田明神」といえば・・・・・

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 そう!「銭形平次」!!「神田明神下の平次」です。若い方は知らないかな?
 社殿の右側にあります「銭形平次の碑」石碑の台座は「寛永通宝」さすがです。
昭和45年12月に寄贈されたこの像の発起人に長く続いたテレビドラマの初代平次役の二枚目俳優大川橋蔵さんと、長谷川一夫さんの名も刻まれておりました。

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