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平日午前10時20分ごろの姉ケ崎駅周辺はひとけがあまりありません。 幕張本郷から各駅停車を乗り継いで40分弱、以外と近い。 姉ケ崎駅からこの大鳥居までは徒歩8分くらい、これまた以外と近いです。 こちらの大鳥居は、昭和48年ごろ神社の森の樹齢350年〜700年の老杉が相次いで枯れ始めたため、当時残っていた老杉がすべて枯れてしまう前に大鳥居として残そうということで、選定し建設されたそうです。 上からも一番下が見えない・・・・・全部で163段。けしてびっくりするほど多くはない。でもメタボで万年運動不足のおばさんをびびらせるには充分すぎます(T_T) 石段一段の高さが低めだったため、無謀にも一段飛ばしで上がって行きまして、3分の2ぐらいのところで自分の息は上がるが足は上がらず・・・・・ 一段飛ばしを断念し、地道に一段ずつ、やっとの思いで上がり切りました\(^o^)/ 普段は絶対にしない参拝前のベンチ休憩も、このときだけは必要不可欠となり、しばし休憩ののち息を整えての参拝です。 こちらが茅の輪をくぐりぬけての社殿です。 こちらには11月5日に突然まいりましたが、なぜそうしたかというと、その前日の4日に菊田神社の地元の公民館でおこなわれました「七年まつりのお話」という寿学級公開講座に潜入いたしまして、こちら姉崎神社は現在神輿の参加はないものの、御神職の方が毎回御幣とあいさつ文を二宮神社までお持ちになるということを知り、「それでは祭りの前に行っておかねば」ということで、急な参拝となったわけです。 御祭神は『志那斗辨命(シナトベノミコト)』という風神さまです。 日本武尊が東征折、走水の海で暴風雨に遭遇し、后の弟橘姫(オトタチバナヒメ)がその海中に身を投じたことで、日本武尊は無事上総の国へつくことができたため、弟橘姫を偲んで風神である『志那斗辨命(シナトベノミコト)』を御祭神として祀ったのが起源とされています。 御祭神のほかに「日本武尊(ヤマトタケルノミコト)・天兒屋根命(アメノコヤネノミコト)・塞三柱神(サエノミハシラノカミ)大雀命(オオサギノミコト)が合祀されております。 狛犬も2対ありまして、上の1対は写真でもわかるとおり文化6年(1809)6月、姉崎の石工大嶋久兵衞の作といわれているそうです。 下の1対は昭和4年10月吉日とありました。 さて、わたしが上った石段は社殿と狛犬の正面にありますが、社殿に向かって右側には神門と外側にもう一つ鳥居がありまして、駐車場もございます。駅から徒歩では石段のほうが明らかに近いのですが、「もー石段は嫌!」ということで、神門のほうから遠回りをして緩やかな下り坂を散歩気分で帰ったわたしでした。
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市原市編
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