早朝の読書と清掃、そして夕方の練習を続けて半年ほどすると、
選手たちの真摯な姿勢、他人へのやわらかい物腰、
何かを学ぼうという真剣なまなざしは日本人以上に日本人らしくなっていました。
「時を守り、場を清め、礼を正す」
小田島さんもこれがこれほどまでに効果が上がるとは思っていませんでした。
日本の教育現場は荒れています。
ならばこの選手たちの成長の姿を見せたら、忘れかけている日本の躾の素晴らしさを
再認識して貰えるだろうと小田島さんは考えました。
そこでウガンダの様子をDVDに収めて日本でお世話になった人達に送りました。
するとそれを見て感動した日本の人達が、
「ウガンダ・チームを日本に呼ぼう」と言い出しました。
そして有志たちが「ウガンダ国際交流実行委員会」を立ち上げて
日本に来る資金を募金し始めたのです。
小田島さんは選手達に日本の有志たちの活動を伝えました。すると選手達は、 「仕事があるのに家族でも親戚でもない私たちのために動いている」
「彼らは人のために動くことができる本物のジェントルマンだ」
「この恩に報いるためにもジェントルマンになって日本に行かなければならない」
選手たちは日本のその思いに感謝し、それに応えようと益々真剣になっていきました。
朝は1時間も早い朝3時半には来て、
自発的に読書や授業の準備をする選手も増えてきました。
掃除も小田島さんが「そこまでやるか」と思うほど徹底してやるようになりました。
そして、平成20年1月24日。
セントノア高校野球部の選手達、校長、そして小田島さんら総勢15名が
関西国際空港に降り立ちました。
折から北海道は大雪で札幌行きの便が飛び立てるか心配でしたが、
なぜか一行を乗せた便だけが欠航とならずに新千歳空港に到着したのです。
小田島さんは選手達や日本の有志達の強い思いが天に届いて、
応援してくれたように感じて涙がこぼれてきた。
初日は登別の温泉に行きました。
母国ではたらい一杯の水で体も頭も洗う彼らは、
お湯がなみなみと張られている湯船にびっくりしました。
選手たちは体を洗い終えると、使った桶を片付け、腰掛をまっすぐに並べた。
物を使ったら、次の人のためにきれいに片付けるという事が、
当たり前のようにできるウガンダ青年たちの姿に、日本人が驚いた。
札幌ドームで北海道日本ハムファイターズ中学生選抜チームと親善試合を行いました。
屋根つきの体育館すらほとんど見たことのないウガンダ選手たちにとって、
屋根つきのドーム球場はまるでSFの世界のように見えただろう。
実力ははるかに上の相手で、大差で負けてもおかしくなかったが奇跡が起こった。
0対0の引き分けだったのです。
投手のべナードが何かが乗り移ったのかと思うほど冷静で粘り強い投球を見せました。
守備での相互のカバーリング、声の掛け合い。
チームの一体感は相手を上回っていました。
技術の差を「心」でカバーする、まさに日本野球をウガンダ選手たちは見せたのです。
試合終了後、2千人以上のスタンドからウガンダ・チームに大声援が送られました。
当時、夏の甲子園で優勝した駒大苫小牧高校野球部 元監督の香田さんは
試合を見て次のように語りました。
「ウガンダ人の野球に対する姿勢が本当に勉強になった。試合中に5回ほど涙が出そうになった。子供の頃、初めてボールを握った感覚や、楽しくボールを追っかけていた過去が蘇りました。言葉ではうまく表現できないけれども、日本野球に失われたものを彼らは持っている」
日本への旅は選手たちを一段と成長させました。
「正しいことを積み重ね、良い人間になれば、誰かが必ず応援してくれる」
このことを経験から学びました。
・・・・・・
帰国後、20名近くの部員が新たに入部しましたが、
先輩部員たちは毎朝4時半に彼らを起こし、時間通りに清掃を始めました。
後輩部員も夢を叶えた先輩を尊敬し積極的に真似ようとしました。
その結果、先輩たちが6ヶ月かかったことを、
後輩たちは1ヶ月で出来るようになりました。
さらに先輩部員たちは自分たちの経験を多くの人に伝えようと校内で集会を開いては
「時を守り、場を清め、礼を正す」の大切さを一般生徒にも説いていました。
そんなある日、小田島さんはセントノアセカンダリー高校の先生から、
こんな質問を受けました。
「日本は先の大戦で原爆を2つも落とされ敗戦した。
国がひどい状況になったにもかかわらず60年たった今、
世界で有数の豊かな国になっている。
ウガンダは独立してから50年以上経つが、まだこのような貧乏な国である。
あと10年したら日本のような国になれるのか?
そしてどうして日本がそんなに豊かになったのか教えてほしい。
それがわかればウガンダの発展のヒントになると思う」
小田島さんは、この質問に答えることが出来なかった。
日本人でありながら、そのようなことを考えたこともありませんでした。
この質問の答えを見つけるべく日本のことを調べていく中で、
「焼き場に立つ少年」という写真に出会いました。
アメリカの報道写真家が戦争直後の日本を撮った1枚で、
10歳ほどの少年が死んだ赤ん坊をおぶって直立不動の姿勢で
焼き場の順番を待っている姿でした。
悲しみに打ちひしがれながらも、涙一つ見せずに、
強い意志を持って自分の責任を果たそうとする少年の姿に、
この時代の日本人の精神性の高さを知りました。
指先を伸ばし、あごを引いて、直立姿勢を保つ少年。
あの時代の日本は家庭や学校での「躾」や「教育」がいかに素晴らしいかを
思い知らされました。
「わずか10歳でもこのような凛々しさを持っている」
この子供に理想の日本人の姿を見た思いでした。
「先祖のたゆまぬ努力があって自分の夢が実現する。 そう考えると自分の人生は自分のものだけでなく、先祖のものであり、
子孫のものでもあるのだ。自分のためだけでなく次の世代のためにも、
自分の人生を完全燃焼しなければならない」
ウガンダでの2年間は選手たちと共に小田島さんの心も大きく成長しました。
ウガンダを去るにあたって小田島さんは次の言葉を選手たちに贈りました。
「私は日本を良くするために生きる。
そして君たちはウガンダを良くするために生きてほしい。
私はウガンダで君たちのようなジェントルマンに会えたことを誇りに思う。
それぞれの国で人生のチャンピオンになろう」(了)
・・・・・・・・・・・・・・・
小田島さんからメッセージを戴きました。
「今、ここ日本に生まれ、生きているということに心から感謝できたとき、はじめて自分の人生を本当の意味で価値あるものに思えてきます。
私はアフリカ・ウガンダで、ウガンダ国、ウガンダ人を鏡として、
日本国、日本人である自分を見つめなおし、自分を深く知ることができました。
今の人生を本気で生きなければならないと感じました。
日本人一人ひとりが、今この時代に、ここ日本という素晴らしい国に生まれてきたことにそれぞれ、深い意味があります。
その意味を知るために、さくらの花びらさんのように、先人の偉業、
努力、日本の文化、精神を知ることが、大切であると考えます。
日本国、日本人を深く知ることで、己を知ります。
己を知れば、自然と、自分の志が見出され、
役割、生きがいが見えてきます。
今回、素敵なブログに出逢い感謝すると共に、己を知るためにも、
今後ともプログを通じて、学ばせていただきたく思います。
感謝します。」
小田島裕一
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日本の伝統、習慣、教育これらが日本の文化です。
日本の文化によってどれだけの人たちが勇気を貰え文化人として育っていくのか。
それを実証したお話です。
転載させて頂きありがとうございました。
2010/3/30(火) 午前 9:17
転載頂き感謝いたします。
☆
2010/3/30(火) 午後 4:18