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今日は堀部安兵衛のことを書きます。
堀部安兵衛は新発田の生まれということを知っていましたか?
新発田藩の家臣の履歴を記した「世臣譜」巻五によれば、堀部
安兵衛(中山安兵衛)は、寛文10年(1670)新発田藩に生まれ
藩祖秀勝公の曾孫にあたります。
父中山弥次右衛門は新発田城辰巳櫓の管理責任者であり、櫓の
焼失の責任を取って職を辞し、浪人となりました。
安兵衛は18歳の時に江戸に出て、高田の馬場のあだ討ちによ
って名をあげました。
(新発田市教育委員会発行 甦る新発田城より)
その後請われて堀部家へ養子に行ったものです。
恥ずかしながら、新発田人は宣伝がへたですので、新潟県人で
さえ堀部安兵衛が新発田の人間ということを知っている人は少
ないでしょう。
私のブログファンの方は何人が知っていましたでしょうか。
私のファンは、歴史に詳しい人が多いのでご存知の方も多いと
思いますが。
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