人気ブログランキング ← 最初に、応援のクリックをお願い致します
昨日ソウルで駐韓日本大使が講演途中襲われる突発事態が発生したのですが、両国政府と言論が冷静に対応しながら、今回の事件が韓日外交葛藤へ飛び火はしないと見られます。 柳明桓(ユ・ミョンファン)長官も事件直後、重家大使に電話をかけて慰労の意を伝えました。 日本政府も別に抗議の意を伝達しませんでした。 駐韓日本大使に対する直接的攻撃は今回が初めてなので、韓日外交の葛藤へ拡大しないだろうかとひどく緊張した政府はひとまず安堵する雰囲気です。(7月8日 YTN:韓国語) より一部引用 http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1278585490/
[[attached(3, center)]]
http://web.archive.org/web/20040923181057/japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/09/17/20040917000026.html [[attached(4, center)]]
===↓↓ ランキングの応援クリックお願いします ↓↓===「人気ブログランキング」 https://blog.with2.net/in.php?646336
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2010年07月09日
|
李朝時代の朝鮮半島の交通といえば、道路らしい道路はなく、ソウル内では「カゴ」であり、地方では小型馬の朝鮮馬のみで荷車さえありませんでした。橋梁も永久的なものは希で渡し舟や丸木で渡河していました。 1899年、日本資本の京仁鉄道合資会社が漢江西岸の鷺梁津(ノリャンジン)〜済物浦(さいもっぽ)の鉄道を開通させました。これは朝鮮が鉄道施設権を米国人に売り渡していたものを買い取ったものです。その後、京釜線が全通し、日露戦争時には軍事輸送を目的とした京義線が全通。1910年日韓合邦を機に鉄道の所管は朝鮮総督府の鉄道局に移管されます。これら(京仁、京釜、馬山浦、京義の4線)にかかった費用は6600万円ですべて日本国民の血税です。1906年の大韓帝国の税、印紙税収入は全部で784万円という時代です。この当時の1円が10万円に相当するとすれば6.6兆円という金額になります。 この後、4線からあがる運賃も含めて公債その他の資金を調達しながら、湖南線(1914年)、京元線(1914年)、咸鏡線((1928年)、図們線(1933年)、満浦線(1939年)、平元線(1941年)が敷かれます。なお、朝鮮総督府は私鉄も買収しました。 昭和7年(1932年)の満州国建国により、日本から朝鮮半島経由での満州への移動がさらに盛んになると、各線列車の増発と増設、スピードアップが一段と進みます。急行旅客列車は「ひかり」「のぞみ」と命名されました。新幹線の名称のルーツは朝鮮半島にあったのですね。 1910年に年20万という乗客数は1944年(昭和19年)には1億637万人になっています。貨物輸送量は90万トンから3120万トンに膨れ上がっています。 昭和15年に弾丸列車構想というのがあり、北九州から壱岐、対馬を経て釜山まで海底トンネルでわたり、満州の鉄道に乗り入れ、新京、北京に至るという壮大な構想もありました。 朝鮮半島の鉄道はこうした黎明期から日本国民の血税と関係者の苦労によって築かれ、壮大なスケールの夢と構想もありました。しかしこの歴史は堅く閉ざされ語られることはありません。韓国の歴史教科書には「電気と鉄道などの事業は朝鮮総督府や日本の大企業がこれをにぎり、彼らの利益を増大させることに利用した」と大嘘が書かれているそうです。 参考文献 「歴史を捏造する韓国」中川八洋著 「日本の植民地の真実」黄文雄著 SAPIO2010.5.26 「『東京発満州行』大東亜共栄圏を突っ走る幻の『弾丸列車計画を追う』SAPIO編集部 「世界を駆けた!大日本帝国『鉄路の栄光』SAPIO編集部 添付画像 京釜線(京城-釜山)鉄道開業式典(PD) http://www.hiroshima-blog.com/area/banner001.jpg クリックで応援お願いします。 |
|
フランスに1年半ほど、留学していたことがあります。
92年から93年にかけてです。
フランスはあのころから、移民問題で社会が紛糾していました。
郊外の団地は、移民が集まり、校内暴力が絶えず先生がすぐやめるとか、
都心の移民街では、失業とドラッグが蔓延とか、
ルペンという民族主義政党が支持を集めるとか、
イスラム教徒とキリスト教秩序の対立とか・・・。
大阪では昔から、半島系の人が多いけれど、
「うまくいっている」というのとは、程遠いと思われます。
むしろ、治外法権なんじゃないのかな。
上のフランスと同じ現象だから、特に在日が悪いという問題ではなく、
どこの国でも移民が来ると、そうなるということ。
移民1000万人とか、
多文化共生(他文化強制のあやまり)とか、
この状況を、全国どこででもということ。
何のために?
誰のために?
我々のご先祖は喜ぶ?
我々の子孫は我々に感謝する?
フランス国営テレビが、そんな日本に警告の番組。
選挙も近いことだし、
この国のことを、外部から客観的にみてみるのも、
いいんじゃないだろうか。
うん。
よく考えて、投票しよう。
何を基準に、投票すればいいのかわからない、
というときは、
こっちの動画を見ておくれ。
たまりんさんより
|
|
出口宗和 著 答えられそうで答えられない語源から
平成22年7月9日
今日の言葉 経済 です。
生産、消費、金融など社会生活を総称すること。
エコノミーというが、もともと [経世済民] のことだが、これ、日本語です。
「経」は治める、「済」は救うこと。
つまり国民生活全体を考える「政治およびその理念」です。
江戸時代、太宰春台の「経済録」が最初の書名として知られます。
やがて明治になって、外国のエコノミーを「経済」と訳しました。
民主党の経済政策は選挙と民主党政権のみを考え、国民生活全体を考える「政治およびその理念」はまったくありません。
菅総理の消費税発言などを見ますと「経済」になっていないことが良くわかりますね。
今日の語源でした。
参考文献 出口宗和 著 答えられそうで答えられない語源から 二見書房 476円
新潟県の日本海です。
|

- >
- 芸術と人文
- >
- 文学
- >
- ノンフィクション、エッセイ
|
中国が最も最初に侵略するのは・・・やはり「沖縄」だと思います。 また、中国が一番欲しいところは・・・「沖縄」なのです。 沖縄県には、人口2000人以下の市町村が11つもあります。 そして、その中で九つが「離島」です。 この中で、外国人参政権の反対決議をしたのは、「与那国町」だけです。 (1)与那国島 まず、最も重要拠点となると思われるのが、与那国島です。 国境の島ですので、最も狙われるのも当然です。 中国人が増えれば自衛隊の誘致の決議もひっくり返されるでしょう。 (2)多良間島 次に重要な重要拠点となると思われるのが、多良間島です。 多良間島は、宮古島と石垣島の間にあり、太平洋へ出る通路にあると同時に空港もあります。 ここの村長が中国人になったら、日中友好という大義名分で研究所や研修所などの施設をたて、気がつい たら中国人民解放軍の基地ができあがっていた。という事になりかねません。 次に、さとうきび畑の島、北大東島、南大東島があります。 この二つの島は、沖縄の島々の中では最東端にあり、那覇から約360Km離れています。 そして、沖縄では珍しく東シナ海に接していない、太平洋に突き出した島です。 そして、二つの島とも空港を持っています。 太平洋を牽制するには、良い位置にあるような気がします。 (4)伊平屋島、伊是名島 そして、次に伊是名島、伊平屋島です。 沖縄本島の北端から西に35Km〜40Km に位置します。 沖縄本島の北も太平洋への通路です。 その通路を確保するのに有効な場所に位置しています。 (5)与論島 沖縄本島の北に観光の島与論島があります。 沖縄本島から25Kmしかはなれていませんが、鹿児島県の与論町です。 この島も位置としては重要なところにあります。 幸い人口は5000人を超えていますので、今まで述べた島ほど危険ではありませんが、 人口侵略の警戒が必要な島であることに違いはありません。 このように、外国人参政権反対運動が最も活発化しなければならない、沖縄県でありますが、 県議会で反対決議もなされていません。 今後のJSNの活動で、この危険性も啓蒙していく予定です。 皆様のご支援をよろしくお願いいたします。 引用−沖縄と共に「自立国家日本」を再建する草の根ネットワーク(JSN)より 代表 仲村さん
http://blog.goo.ne.jp/jiritsukokka/e/83f83d66f41fa86cd2d1da7f93e4bd16?fm=rss
|



