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チャイナの獄中にいる08憲章の劉暁波氏にノーベル平和賞が授与されるようです。
チャイナにひれ伏す日本政府は早速、お祝いの一報でも送ってはどうか・・・。
チャイナに行った人は感じることでしょうが、
チャイナで歩行していると車や自転車、人がいっぱいで、
そのような中で信号はあってもないと一緒で、
たとえ信号が赤でも車が来なければ渡るのが当然です。
日本でもそういう人は見かけますが、ほとんどの人は信号が青になるまで待っています。
しかし、この光景はチャイナ人からすると不合理であると思えるらしい。
また、日本で自動車同士の事故があると互いに話し合い、警察を呼ぶでしょう。
しかしチャイナでは相手に対してではなく、通行人に対して大声で訴えかけ、
それに対して通行人たちは「お前の方が悪い」と言いたてる。
つまり大衆に訴えて巧みに自分に有利なようにもっていく方が勝ちというわけです。
このように決められたことでも不合理であれば守らない、
正しいことが勝つわけではなく、ねじ伏せた方が勝つ。
日本とチャイナはこれだけでも随分と違います。
だからこそチャイナに対しては何か言われたら、気を使って謝るのではなく、
それ以上に言い返し、主張すべきは理路整然と主張することが必要です。
これが国家間ともなれば何でもかんでも謝るというやり方では見くびられるだけです。
・・・・・・
さて、日本の教師は反戦、自衛隊反対、敵が攻めてきたら手を挙げて逃げろ、
と教えているからかどうかは定かではありませんが、
数年前の国際世論調査で若者に対して、
「もし自国に敵が攻めて侵略してきたら銃を執って戦うか?」
との質問に
戦うと答えたアメリカの若者は80%、
それに対して日本の若者で戦うと答えたのは13%でありました。
もちろん戦争はあってはならないことではありますが、
この結果からすると日本が侵略されて、愛する人が次々に虐殺されたとしたら、
ほとんど誰も戦わずに逃げるのかもしれない。
もしこれがチャイナの侵略であれば、逃げても捕まれば、
目を覆うような残虐な殺され方をされることは明らかです。
これは歴史から学べばわかることですし、今もチャイナは変わっていません。
2009年6月、広東のおもちゃ工場に強制移住させられたウィグルの人たち600人のうち200人が
宿舎に帰る途中に数千人の中国人労働者に襲われ、
鉄パイプや中華包丁などで2〜3時間もの間、死ぬまで殴られ続けた。
また10名ほどのウィグル人女性などは集団レイプされ、
その後に頭を真っ二つに切断されて工場の敷地の木に吊るされて発見されました。
チャイナに侵略されればこういうことが日本でも起こることはあり得るのです。
・・・
中東で起きた湾岸戦争を見たチャイナは装備や兵器の時代遅れを痛感し、
最も衝撃を受けた国だと言われています。
この時、日本とは相当の差がありましたが、
その後、チャイナは軍拡を突き進み、強大な軍事力構築に邁進しています。
その間、我が国は年々防衛費を削減し、チャイナへの優位性はなくなっていく一方です。
さらに経済的優位や資源を利用して日本に圧力をかけて日本経済を封じようとするその姿勢も、
今回の尖閣衝突事件で明らかになりました。
このことは大東亜戦争前の日米の関係にも似ており、非常に危険であることです。
戦前、アメリカが不戦条約で戦争はしないと言いつつも、世界で最も軍拡を進め、
逆に日本は財政負担減のために軍縮をし、日本が優位であった軍事力をアメリカが抜いていきました。
それとともに日本に対しての経済や資源での包囲網もご存じの通りです。
今や国と国の国境線においてはすみ分けが出来ており、戦争が起こることは少ないでしょうが、
島嶼の帰属についての紛争の火種は非常に高いものがあります。
東アジア、そして日本も他人事ではありません。
スプラトリー(南沙)をはじめ、日本には尖閣、竹島、北方領土の問題があります。
日本人の中にはスイスのような永世中立国がいいと言うような人がいますが、
スイスは国民皆兵の国であります。
敵に侵略されれば全国民が銃を執って戦うのです。
だからこそドイツもフランスもスイスの中立を侵せませんでした。
その国民皆兵を無視して、非武装中立で永世中立国宣言をすれば、
日本も永遠に平和であると語っていたのだから平和ボケも鉄人の域に達しているかもしれない。
・・・・・・
今回の尖閣諸島の衝突事件では
多くの日本国民はぶつかって来たチャイナ漁船に怒り、
乗組員全員を帰したことに怒り、
漁船をも返したことに怒り、
船長を満足に取り調べずに帰したことに怒った。
また、マスコミというものはチャイナの少数の反日デモや、
普天間の基地反対闘争のような左翼デモは大きく取り上げるのに、
今回の尖閣の主権を守る大勢のデモは全く報じなかった。
デモは名古屋、岡山、秋田、栃木、札幌、仙台、横浜、京都、兵庫、愛媛、香川などで
行なわれたそうですが、ニュースでは取り上げてももらえませんでした。
しかもこのデモはチャイナや韓国と違って、他国の国旗を踏みつけたり焼いたりはしないし、
誰が指示せずとも整然とデモ行進を続けていたといいますから、
いかにも日本人らしい毅然としたデモであり、これこそぜひ報道してもらいたかった。
おとなしいと言われる日本国民が自らこれほど怒りの抗議をしているにもかかわらず、
何一つ報道しないとは、一体何のための報道なのか、頭にくるばかりである。
このような今の日本には大切なものが抜けていたのかもしれない。
六十数年前、日本は戦争に敗けました。
それは、なぜ敗けたのか?
核を落とされたとか、ソ連の条約違反とかという次元ではありません。
日本人はこの「屈辱である歴史」の教訓を知ろうとはせずにいるからこそ、
いまだに外交で国益を損じており、経済も抑え込まれているのかもしれません。
日本という国は、時代は変われども本質的に同じ過ちを繰り返していないか。
これは過去に学ばない、学ばせなかったから繰り返すのではないでしょうか。
欧米列強が植民地獲得に血眼になっていた時代、
彼らは民主主義だ、自由経済だ、と都合のいいことを言っていましたが、
資源のある列強は許されても、資源のない日本には許されないという状況に追い込まれ、
このままいけば日本は衰退か植民地化か、それが嫌ならば戦うしかない、
というところまで追い込まれました。
国際社会の理不尽に翻弄され、日本の言う正論と正義だけではとても対抗できるものではない。
ご存じのとおり、当時の日本には太平洋戦争なんて言葉はなかったのです。
これは敵国であるアメリカが使っていた言い方を、戦後の日本人がそのように言わされているのです。
こんな呼び方を今も使うのは、何も知らない日本人やマスコミや教科書です。
あの当時は大東亜戦争と言って、ほとんどの国民が挙国一致して戦いました。
そんな中、反国家の治安維持法で捕まっていたアカい連中はぬくぬくと牢の中で生きていた。
戦後、国家存亡の危機に命を捧げた多くの国民がいる中、
戦うことをせずに生きながらえたこの非国民たちが我が物顔で世に出てきて、日本の主導を握り、
戦争中に多くの国民が命を捧げて戦ったことをことごとく「悪」とした。
しかし戦後の日本にとって本当の「悪」は彼らであった。
靖国神社は戦時中、多くの国民の心の支えでありましたが、
戦後、戦前とはま逆の状態になり、多くの国民の心の支えを少数の彼らが「悪」と決めつけ、
国のために命を捧げた真の勇者が悪者扱いにされているのです。
彼らにとっては日本の戦った大東亜戦争を正当化すると自分たちが非国民になる。
だからこそ目をそらすために軍部や軍人を悪者にし、非難し、
歴史の本質を学ぶことをずっと怠ってきたのではないか。
戦前の日本と軍の悪口を言っていれば正しいかのような教え方や報道は日本人をダメにし、
お国のために命を捧げた先人たちを「悪」だと決めつけた国に、
どうして真の平和や幸せなどあり得るのか。
日本の軍隊は強かった。
特に陸軍は強かった。
だからこそソ連は東清鉄道事件で張学良を破っても満州には入ってこなかった。
明治末期から日本に来て日露戦争の日本陸軍を体験した蒋介石は、
「日本の強さは日本人そのものに備わっている習慣や道徳心にある」と言った。
戦争というのは極限の状況でその民族性、特に人間性が出るといいます。
つまり殺すか殺されるかの状況の中で、死者や負傷者、捕虜、そして一般住民に接する時にこそ、
その人間性や、仁徳が備わっているかで相手に与える印象は違ってきます。
日露戦争での捕虜の扱い、大東亜戦争でのアジア諸国の戦後の日本兵の勇敢さや紳士的態度を讃える高い評価はそれを物語っています。
・・・・・・
戦後日本は台湾を見捨ててチャイナと国交回復した経緯があります。
日中平和友好条約の時に尖閣諸島の帰属を議論したら、
チャイナ漁船が大量に尖閣諸島に押し寄せてきたこともありました。
この時、日本は戦後賠償を放棄してもらう代わりにODAという貢ぎをするようにしました。
さらに細川、村山が侵略や謝罪を述べ、日本はチャイナの朝貢国だとみなされました。
その朝貢国である日本が対等なことを言うのは不遜である、と思われても当然です。
「チャイナ船長を逮捕するなど朝貢国がやることではない」
日本のやってきた外交の結果がこれです。
チャイナの増長は日本外交の結果であり、
朝貢国・日本が強く出れば出るほどチャイナは宗主国として力で抑えつけてくるのです。
このチャイナの傲慢さと増大な軍事力がいかに戦争を誘発することであることか、
日本人は肝心なことを歴史で教えられていない。
現在の日本とチャイナの関係を対等であると思っている日本国民がいるかもしれません。
しかし実際には従属関係であるといえるのではないでしょうか。
友好や互恵という対等のような言葉でチャイナの従属関係にされていても、
全く気づかない日本の政治家や財界人たち。
チャイナの友好とか互恵とはその昔の朝貢の意味のようなものと受け取るべきではないか・・・。
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