さむらい行政書士 庭山行政書士事務所

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良識ある日本国民の皆様には、お健やかに新春をお迎えのことと存じます。

皇紀二六七一年の新春を奉祝いたし、貴方様には謹んで新年のお慶びを申し上げます。

昨年は格別の御厚情を賜りまして、ここに厚く御礼を申し上げ、今年も何卒ご指導、ご鞭撻の程よろしくお願いいたします。

本年が貴方様にとって、日本国にとって、幸多き年となりますようお祈り申し上げます。

皇紀二六七一年 平成23年 元旦  近野滋之

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私は新年最初の記事くらいは「反日勢力叩き」ではないようにと考えていましたが、本ブログ昨年12月28日の記事「真の日台友好には台湾の馬英九総統を落馬させて中共の侵略阻止で手を組むべきだ、台湾は尖閣諸島の領有権主張や反日勢力が捏造した従軍慰安婦での日本への挑発をやめろ」について、ご来訪下さった若い方々より「台湾での日本軍はどうだったの?」などのコメントやメッセージを頂戴しましたので、本日は「台湾統治時代の日本兵」を簡単で申し訳御座いませんがご紹介させて頂きます。

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助けてくれた日本人の将校さん

昭和20年の春、台湾南部を走る満員の汽車のステップに立ち、振り落とされまいと必死に鉄棒に掴まっている12、3歳の少女がいた。名は楊素秋(日本名:弘山貴美子)さん。台南第一高等女学校(4年生の旧制中学)を受験するための参考書などを詰めたリュックを背負い、3日分の米と野菜を入れた布袋2つが両腕に痛いほど食い込んでくる。隣に立っていた20歳ぐらいの日本人の将校さんが心配そうに「大丈夫ですか」と聞くが、もう返事をする気力も残っていなかった。

将校さんが「その荷物を捨てなさい。早く捨てなさい」と言った。ちょうど汽車は鉄橋にさしかかった所だった。鉄棒から片方の手を離して荷物を捨てた時、ゴーと鉄橋に渦巻く列車の轟音にハッとした楊さんは、左足をステップから外してしまった。「助けて」と叫ぼうとしたが、目の前が真っ暗になって、意識を失ってしまった。

遠くで聞こえていた大勢のざわめきが、段々と近くなってきた。誰かが頬を叩いている。「気の毒にね。いたいけな子供が。顔が真っ青だよ。」「いやぁ、その軍人さんがいなかったら、この子は川の中だったな。」

気がついたら、楊さんは知らないおばさんの膝の上に抱かれていた。おばさんはニコニコしながら「ああ、よかった。息を吹き返さなかったら、どうしようかと心配していたのよ」と、楊さんのおかっぱ頭を撫でた。台南駅につくと、おばさんは楊さんを抱いて窓から外に出してくれた。窓の外には、あの将校さんが待ち構えていて、楊さんを抱き降ろした。

汽車のステップの上に立ち、自分の荷物を抱えて立っているだけでも大変なのに、その将校さんは気を失って転落しかけた楊さんをとっさに掴み、引っ張り上げてくれたのだった。下手をすれば自分も一緒に落ちてしまうかもしれないのに。

「あのう、、、お名前を教えていただけますか?」と楊さんが聞くと、将校さんはプッと吹き出し、「ハハハ、子供のくせに。いいから気をつけて帰るんだよ」と将校さんは手を振って、汽車に乗り込んだ。爽やかな笑顔だった。汽車が遠くかすんで見えなくなるまで、楊さんはそこに立ちすくんでいた。将校さんへの感謝を繰り返し、武運長久を祈りながら。

楊さんは、その後、名前だけでも聞いておけばよかった、と50年以上も悔やむことになる。生きている間にもう一度お会いして、お礼を言いたい、、、そんな思いを抱きつつ、楊さんは戦後、成人してから小児麻痺の子供10人と健常者の子供20人を預かって育てあげた。

あの将校さんは自分の命を助けてくれただけでなく、他の人に尽くす力も与えてくれたのだった。

自分の国の兵隊さんは、こんなに素晴らしい

台南には日本陸軍の第2歩兵連隊が駐留しており、年に何回かある記念日には閲兵式があった。その行進の歩調は、イチニ、イチニとピッタリ揃っていて、沿道を埋め尽くした人々が、みな固唾を呑んで見とれていた。

ある日、演習があって、楊さんの家の前の木陰で休んでいた兵隊さんが立ち上がろうとした拍子に銃を落としてしまった。上官がそれを見て、兵隊さんに鼻血が出るまでビンタを張った。ぶたれながらも兵隊さんは気を付けをしたまま、敬礼して「ありがとうございました」と言うだけだった。その敬礼は崩れず、実に格好良かった。

その様子を息をこらして見ていた楊さんは、子供心にも軍の厳しさを感じ取った。兵隊さんでだらしのない人は一人も見たことがなかった。自分の国の兵隊さんは、こんなに素晴らしいのだと、楊さんたちは誇りにしていた。

昭和18年、楊さんが5年生の時には、台南市でも米軍の爆撃が激しくなり、一家で祖母のいる大社村という田舎に疎開した。そこにも日本の若い兵隊さんたちがおり、日本語の話せる楊さん一家に、自然に遊びに来るようになった。

楊さんの母親は兵隊さんたちを自分の子供のように可愛がって、おやつやご飯をたくさん作って、たらふく食べさせた。満腹になって帰って行く兵隊さんたちには「明日もおいで」と声をかけた。

兵隊さんたちは、お礼代わりに、水汲みを手伝ってくれたり、また支給品の三角巾や薬を使わずに持ってきてくれた。中には自分が使っていた立派な万年筆を楊さんの父親にあげようとして断られると、「お願いですから使って下さい」と半ば強引に置いていった兵隊さんもいた。

兵隊さんたちはお互いの間では「おい、こら」などと言っているのに、楊さんに向かうと「喜美ちゃーん」とニコニコしていた。子供にはとても優しかったのだ。

軍隊では時々映画を見せてくれるので、そういう時は「喜美ちゃーん、映画に行かんか」と誘ってくれる。楊さんは「はーい」と言って元気に家を飛び出す。5年生で小さな楊さんは周りが皆兵隊さんばかりで画面が見えないので、いつも肩車してもらうのだった。
(国際派日本人養成講座)
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h16/jog361.html



私は相変わらずの体調不良により一昨年末より不定期での記事更新中で、本年は一つでも多くの記事更新をと考えておりますので、私のような未熟者の拙いブログで恐縮ですが、貴方様には今後もご来訪を頂いての御教授など宜しくお願い致します。

良識ある日本国民の皆様、本年も美しき祖国日本についてご考慮下さい。

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転載元転載元: 近野滋之・民族主義者の警鐘

神兵、東方より来る

待ちに待った日本軍がやってきた。
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  昭和16年(1941年)12月8日から始まったマレー攻略戦は鯉兵団が主力となります。鯉兵団は大日本帝国陸軍の広島を衛戍(えいじゅ)とする師団です。「日本一の機甲兵団」とも言われ、マレーでは自転車を連ねて走り「銀輪部隊」とも言われました。このほか18師団、近衛師団が参加しています。日本軍の進撃を見たマレー人にはマレーに伝わる伝説を思い起こさせました。

  ジョヨボヨの神話 
「マレー人を苦しめる白い悪魔を、東から来た黄色い軍神が打ち破り、ジャゴンの花が咲くまでの短い期間だけこの地にとどまり、やがて東へ引き揚げるが、そのあとに平和なマレー人の国が建設される」

  もうひとつ神話があります。
「マレーの神は、二人の兄弟を生みたもうた。兄は暴れん坊で弟は大人しかった。兄は国を捨てて海原遠く乗り出し、いまではますます強く、性格は激しさを加えている。弟はいよいよ大人しく、やがてその国は他人から奪われる。そして、弟はますますおとなしさを加えた。弟がほんとうに困ってしまえば、いつかは強い兄が助けに来てくれると弟は思っているのだ。その弟がマレー人なのだ」

  マレー人は東方から神兵、もしくは兄がやってきたと歓喜し、日本軍の戦車が来るとバナナやパイナップルやパパイヤ、ドリアンなどを投げて込んで歓声をあげました。

  タイ・マラヤの国境から約30キロの地点、ジットラに「ジットラ・ライン」がありました。英軍は日本軍の進撃を3ヶ月は食い止めると豪語していました。日本軍は豪雨を突いて佐伯中佐率いる捜索第五連隊(軽戦車部隊)が敵陣へ突入します。敵陣中なので孤軍奮闘し、翌日になっても友軍がやってこないので、戦車隊は全員死を覚悟しました。その晩、河村旅団が夜襲を敢行し、敵が退却。戦車隊は生き残りました。ジットラインはわずか2日の攻撃で突破しました。

  藤原少佐(F機関長)
「武運があった、神助があった。民衆が我々の絶対の味方だった。天、地、人、みな味方だった」

  そして日本軍はアロールスターを占領。ペナン島を無血占領します。英軍は橋を落としてたくみに退却し、時間稼ぎをしていましたが、スリムの戦闘では島田戦車隊が破天荒な戦車隊による夜襲作戦を敢行し、わずか12両の戦車で敵中深く突破し、救援に駆けつける敵部隊を次々撃破し、さらに敵中進入し、敵陣後方の野営地から砲兵部隊、司令部まで撃破しました。敵衛生隊にまで遭遇しています。このため軍司令部では島田戦車隊は全滅したと勘違いしたほどでした。英軍の陸軍史には「戦史上、最大の敗北」と記載されているそうです。
  さらに日本軍は休む間もなくクアラルンプールを占領し、ゲマスで勇猛なオーストラリア部隊と戦い突破し、1月31日にはマレー半島南端のジョホールバルへ突入しました。わずか55日の快進撃です。そしてシンガポール攻略戦となり2月15日に英軍が降伏します。

  後にシンガポールの首相となったリー・クワンユーは戦後、自衛隊の陸将となった元F機関長、藤原岩市氏に次のように訊ねています。
「英、豪、印連合軍は非常に多く、兵器は近代的であったのに、地下足袋を履いて、宮田自転車に乗った貧弱な日本兵に完敗した。日本軍の銃と砲は骨董品のような明治38年式なのに、なぜ勝てたのか」

  藤原岩市氏はこう答えました。
「絶対多数のマレー人と、インド人と、タイ人が全部我々の味方でした。反対に民衆を敵に回したイギリス軍と華僑の連合軍は少数派だから完敗したのです」



参考文献
  「アジアに生きる大東亜戦争」ASEANセンター編
  「日本人よありがとう」土生良樹著
  「サムライ戦車隊長」島田豊作著
参考サイト
  WikiPedia「第5師団 (日本軍)」

添付画像
  マレー作戦で使用された自転車(PD)

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RisingSun また日は昇る 〜緒戦の快進撃〜
http://www.youtube.com/watch?v=p3uDIKUKouk





転載元転載元: かつて日本は美しかった

あけまして、おめでとうございます。
ことし最初のさむらいしろうとウンチクです。
 
出口宗和 著 答えられそうで答えられない語源から 
 
平成23年1月1   
 
今日の言葉 つつがなく です。
心配ない、問題ないことです。
かつて聖徳太子が隋の煬帝に国書を送りました。
「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙(つつが)なきや」
恙なきや。
いかがでしょうか、お元気ですかと。
つつが?これは恙虫のことで、ダニの一種です。
これが身体にはいると、高温発熱、死に至ることもあります。
恙虫はいませんか、お元気ですかの挨拶です。
すばらしい挨拶文ですね。
今の政治家の中で、中華人民共和国に対してこのような挨拶ができる人はいるのでしょうか?
少なくとも与党にはいなさそうですね。
五万円札を作り、その肖像を聖徳太子にしてこの挨拶文を国民に忘れさせないようにすることが良いと思いますが・・・
 
今年もよろしくお願いいたします。
  
 参考文献 出口宗和 著 答えられそうで答えられない語源から 二見書房 
伊能忠敬 伊能大図100号 富士山周辺です。
完全復元伊能図 全国巡回フロア展in新潟 よりの撮影です。H22.8.14
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