|
造立年等の銘文は削除されていて不明 塔の下部に三猿が残っています。 雰囲気的には1700年代半ば以降の庚申塔を明治時代の初めに改刻したものと思われます。 不定期更新にもかかわらず訪問、コメント等をいただきありがとうございました。 新年は七庚申年で1月5日が初庚申です。 また新年にお会いしましょう。 |
全体表示
[ リスト ]
こんにちは、ゲストさん
[ リスト ]
|
造立年等の銘文は削除されていて不明 塔の下部に三猿が残っています。 雰囲気的には1700年代半ば以降の庚申塔を明治時代の初めに改刻したものと思われます。 不定期更新にもかかわらず訪問、コメント等をいただきありがとうございました。 新年は七庚申年で1月5日が初庚申です。 また新年にお会いしましょう。 |
[PR]お得情報
明けましておめでとうございます。
「塞神」なんですね。自分達の集落の外れに、庚申塔や道祖神を祀って、その庚申塚などの後に植えるのが、「サエノキ」即ち、「榎」なんですね。私は、石塔の裏側に新しく彫ってしまったものは見ましたが、改刻したものは知りませんでした。
今年もよろしくお願いいたします。
2011/1/2(日) 午後 8:27
明けましておめでとうございます。
呑気さんがどちらで追刻塔をごらんになられたのか気になります。
こちらこそ宜しくお願い致します。
2011/1/3(月) 午後 8:52 [ 淀芽川高麿 ]
こんばんは! 呑気です。
私には、改刻してあるものがどれなのかは、良くわかりません。
追刻してあるものは、船橋市金杉というところの「叢林庵跡」といわれる墓地の中にありました。昨年、金杉のフィールドワークで、講師の先生から教えていただきました。
この金杉には、中世の武家屋敷跡の土塁などもしっかり残ったところがあります。個人の農家の畑になっていて、立ち入らせてもらえないようですけど・・・・
こちらこそ、よろしくお願いいたします。
2011/1/3(月) 午後 9:26