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小川町にある千日堂、丸彫り合掌六臂の青面金剛像庚申塔 造立は貞享五年三月(1688年) 邪鬼を踏みつける青面金剛、その下に二鶏、さらに下に三猿がそれぞれ別個の石に彫られている。 持物は一般的な合掌六臂と同じで上手に宝輪と矛、下手に弓と矢 訪れた時間帯が昼頃だったので光線不足の写真になってしまった、西方を向いているので午後ゆっくり目に再訪すれば光線の当たる綺麗な写真が撮れるだろう。 |
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造立は延宝八年九月廿五日(1680年) 一般的な合掌六臂は中央が合掌、上手に宝輪と矛、下手に弓と矢であるが、この庚申塔は上手に日月、下手に剣と羂索を持つ。 中央合掌手以外の上手と下手に釧が確認できる。 青面金剛の足元左右に鶏が線刻され、その下に三猿が陽刻されている。 羽生市には他にも数基の万歳型青面金剛像がある。 庚申塔調査の為に各地を巡っていると、訪問予定に無かった庚申塔に偶然出会うことが多々ある。 そんな時に出会う庚申塔は皆素晴らしいものばかりで、嫁さんに言わせると『呼ばれている』らしい(笑) この万歳型青面金剛も『呼ばれて』出会った庚申塔のひとつ。 |
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今回の庚申塔は行田市埼玉、丸墓山古墳西側にある三猿塔です。 造立は寛文7年(1667)9月。 塔の中央に金剛界五仏の種子(バン・ウーン・タラーク・キリーク・アク)が刻まれ、その下に三猿と雄雌の鶏が浮き彫りされ、最下部に数人の氏名が確認できます。 基本的に最初に紹介した長久寺の塔と同じ仕様ですが、こちらの塔のほうが種子がはっきりと刻まれています。 かつては丸墓山古墳の墳上に他の石仏とともにありましたが近年になって下ろされました。古墳上にあった為に同時代に造立された他の塔より保存状態が良いと言えます。 |
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造立は長久寺の塔から4ヶ月後の寛文5年(1665)3月。 塔の中央に「奉寄進庚申供養」と刻まれ、その下に三猿と雄雌の鶏が浮き彫りされ、最下部に数人の氏名が確認できます。 今まで、この庚申塔はネット上では寛文四年と誤って紹介されています。 なぜか? 御丁寧に実塔の写真が掲載されているにも関わらず、行田市史掲載の間違った年号をそのままコピペしているというのが大きな理由です。 既存資料の銘文や寸法を丸々コピペして「全て自分で調査しました」みたいなブログ記事を作成している残念な輩がいる限り、間違った情報の垂れ流しは続くことでしょう。 |
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多くの先人達の研究功績を讃えつつ自分なりの庚申塔研究をしています。 まず最初に紹介するのは埼玉県行田市では現存最古のいわゆる三猿塔です。 秩父鉄道の東行田駅の近くに長久寺というお寺があります。その無縁塔の中に行田市現存最古の庚申塔はあります。 この庚申塔は某コミュニティサイトを除けばネット上や書籍等で紹介されたことはないのでは? 塔型は板碑型とよばれている寛文時代では一般的な型です。 造立は寛文4年(1664)11月。 塔の中央に金剛界五仏の種子(バン・ウーン・タラーク・キリーク・アク)が刻まれています。 その種子の下に雄雌の鶏、不言・不聞・不見の三猿が浮き彫りされ、最下部に8人の氏名が確認できます。 行田市内では青面金剛の登場は延宝時代になります。それについてはいずれ紹介したいと思います。 なお、安易に詳しい地図等を掲載される方がいらっしゃいますが、詳しい場所等についての質問にはお応え出来ません。本当に直接御覧になりたい方は御自身でお調べ下さい。 |



