nanaころびやおき

パピヨンのnanaです♪よろしくねっ(^0^*

わんこ日記

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光と音。。。

nanaの脳は光と音に過剰反応した。


特に光はnanaをどんどん苦しめ、病気の進行にも追い討ちを掛けた。



最初は窓から差し込む強い光だった。。。

部屋の奥から窓際に来た瞬間、稲光に打たれたようなショックになった。

最初、何が起こったか全くわからなかったが、日のあたる場所を行ったり来たりする度にショックが

起こるので、それが『光刺激』と分かった。

それでも、強い光さえ避ければ普通に生活が出来た。



              テレビアニメ番組のフラッシュ映像

              
                  部屋の中での直射日光


                照明のスイッチを入れる時、
         (蛍光灯がダメだったので全部家の照明を白熱球に変えた)

      
              ドライブの際、トンネルから出た時の光





今年の春までの一年半はこのことを気をつければ無事に過ごせた。


が。。。少しずつ脳の障害が進んで行き、私達が感じることができない程の些細な光に反応してしまう。  


ケージの周りに遮光カーテンを吊るしてみたが、それでもすぐダメになった。


6月中旬、とうとう真っ暗な部屋にnanaを非難させるしか他に方法がなくなってしまった。


一緒の部屋で過ごすことが出来きなくなり、とても切なかった。。。


この頃のnanaは殆どのことを忘れ去っていたことが、せめてもの救いになった。


我が家で一番涼しい場所だったので、nanaにとっては快適だったかもしれない。


そして私もnanaの発作が分かる距離で夜は雑魚寝になった。




唯一、nanaの顔を見れるのは病院の診察台の上だけだった。


よく見るとnanaの顔は毛が白くなって急に年を取ったようになっていた。










光ほどひどい反応では無かったが、苦手な音を聞くとその瞬間に口元にチックのような症状が出た。


               
              袋菓子のガサガサの音。
    

              スプーンなどがぶつかる音。

           
              不意を付いた時の音。






その他に、

急に触れると『ビクッ』となるのでオムツを替えるときなど、触る時は必ず一声かけていた。





テレビの音は最小にし、電化製品の音も気を使い、歩く音にも気を付け、


娘にも大きな声を出させないよう、毎日神経をすり減らして生活していたが


nanaの為なら、みんなで頑張ることができた。。。




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傷跡。。。

 
夏の初め頃、nanaに馬肉ジャーキを噛ませていた時、間違って噛まれてしまった腕の傷跡。。。
 
 
年のせいで、 なかなか治らず、跡に残るのを気にしていたけれど。。。
 
 
今は、
 
 
                       「どうか消えないでほしい。。。」と願う
 
 
 
イメージ 1
 
 
 
いつまでも。。。いつまでも。。。
 

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壊れていく脳。。。

最初に気づいたのは2年前の夏。。。


「nana〜!」と呼ぶと、こちらを向かずに反対の方向へ行ってしまった。


最初は「何やっているの〜?」と笑っていたが、何度も繰り返すようになり、

聞こえてくる方向が判らなくなっていることに気づいた。




次に起こったnanaの変化は、その秋から度重なった大発作がようやく治まった昨年の1月。。。

誰も座っていない食卓の椅子に向ってちゃんとお座りをして一点をみつめるようにおねだりをしていた。

これを見た瞬間、私は愕然となった。


「nana〜!そこに私はいないよ〜!」

「nana〜!何が見えているの〜!」


それからnanaは時々、壁に鼻先をつけて壁をジッと見つめ、何かを待つようにお座りをした。


何も無いところで何かを見ている様子も増えていった。。。





薬による影響もあった。

フェノバール、ステロイド、臭化カリウム

いづれも食欲増進の副作用があった。

一時的にこの3種類の投薬が重なった時、nanaは異常な食欲になった。

とにかく食べたかったのだろう。何でもよかった。

家の柱を齧りまくった。まるで子犬のように。。。


自分の前足も齧りまくり。。。


そして、昼寝をしている娘の指も噛んでしまった。

噛まれた指の爪は全部はがれ落ち心配したが、やがてキレイにもとに戻って安心した。



3才だった娘もこのことは覚えていると言っている。

こんなことがあったのに娘は全く懲りずにnanaが大好きだった。。。



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娘のことが苦手だったことを忘れ。。。


来客に吼えることを忘れ。。。


お風呂嫌いだったのを忘れ。。。


大好きな主人の帰宅を喜ぶことを忘れ。。。


病院嫌いだったことを忘れ。。。


自分が臆病だったことを忘れ。。。


ワン!と言うことも忘れ。。。


そして最後には私の手を舐めることもわすれ。。。


nanaはすべてを忘れていってしまった。。。



寂しかった。。。


nanaがnanaらしく居られたのはいつまでだっただろう。






亡くなる朝、


                「nana!」



私の呼ぶ声に、その蝶々のような耳をピンとさせた。


うれしくて何度もnanaの名前を呼ぶと、何度も耳を立てて答えてくれた。



忘れていなかった。。。


nanaは最後まで私がつけたnanaの名前を忘れることはなかった。




うれしかった。。。



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nanaの病歴

nanaは11才5ヶ月の生涯で6つの病魔と闘った。





                『大腿骨頭壊死症』


1才の時、突然後ろ足をケンケンと上げて走るので見てもらうと、大腿骨が溶けかかり、
変形しているのが分かった。大腿骨頭を取り除く手術は成功し、後遺症も出ず安堵する。
骨の失った部分は周りの筋肉が強くなって普通に走れるようになった。






                  『てんかん』  


4才から部分発作が出始め、5才目前にとうとう大発作を起こす。MRIなどの検査はせず、
フェノバールで発作を抑えた。薬が成功しその後一度も発作を起こすことなく過ごした。


7才、発作無しが3年になったので先生と相談し、薬を切る計画を実行する。


8才、徐々に減らし、発作も起こらなかったのであと少しで完全に切れるという時、
再び大発作を起こしてしまう。


それから発作の間隔がどんどん狭まり、2週間に一度になった時視力を失った。


「突発性」と思っていたてんかんが脳の障害による「症候性てんかん」と知る。

 

フェノバールの増量でやっと発作を抑えられるようになったが、脳の障害はどんどん増えていった。
それでも、一年半、発作は抑えられた。
      
            
そして今年の4月の11才目前、部分発作が出現しショックを受ける。

5月と6月に一回ずつ、今までにはない大興奮して走り回る発作を起こす。

7月、これ以上薬を増やすのは肝臓に影響するのでゾニサミドへ変更。 
それから一週間後、大発作を起こしてしまう。


薬をフェノバールに戻し更に増量したが、大発作は起きないものの部分発作が
一日数回起こるようになったため入院して注射による投薬で様子を見た。

            
発作が落ち着き退院できたのもつかの間、また部分発作が止まらず一週間後に再入院する。
この時はもうダメかと思い覚悟した。
  
  
8月上旬、なんとか持ち直し再び家に帰ってこれた。
一週間に一度程度の部分発作にまで抑えることができて大変喜んだ。

 
しかし、急に加速した腎不全、肝不全の血液の数値のせいか、ぐったりした日々が続く中、
また部分発作の間隔が狭まって、一週間から3日、1日から日に何度も起きた。
 

とうとう、起きている時間は全て部分発作が止まらない状態に。


9月17日、最後の手段の治療、麻酔を打って頭の興奮が鎮まることを願った。
           

翌18日、麻酔が完全に切れない状態で帰宅。最期の夜となった。

           




                 『子宮蓄膿症』 


8才直前、ヒートの時期でもないのにダラダラと出血が止まらず、すぐに病気が判り即手術する。
遅れていたら命を落とすところだった。








                『リンパ管拡張症』 



8才から3年間、下痢をしたことがきっかけで血液検査とエコーで判明する。

食欲低下、下痢などの症状は全くなく過ごせたが、食事や水を取るとゴロゴロと音が鳴っていた。

食事療法のみで低蛋白のフードに変えたが、ステロイドなどの薬は使わなかった。
     
一度正常値まで上がったアルブミンの値も、この2年間は常に悪く症状が無いのが不思議だった。


この病気になってから月一度で良かった血液検査が、最期の2ヶ月は週に一度、院中は日に2度も
痛い思いを沢山させてしまった。






                   『肝不全』


フェノバールの長期使用によるもの。
見た目の症状は無かったが、昨年秋から血液の数値は上限の倍になり、そこからどんどんと上がり続け、
9月には測定不能な数値にまで上がった。

 



                    『腎不全』


多飲、多尿が気になっていたが、ずっとフェノバールの副作用と思い、腎臓とは思っていなかった。
血液の数値にもなかなか表れず、今年3月から上がり続けこれもまた測定不能までになった。

            
2月に一度、吐き気があり食欲を失った時があった。リンパ管拡張症のせいと思っていたが、
あれは腎臓からくる症状だったのではないかと思う。


肝臓同様、殆ど症状に気づくことなくここまで悪化させてしまった。
亡くなる前日、今まで順調に出ていた尿が突然出なくなり、足が浮腫む状態に。





結局、呼吸不全が死因なのだが、もうどれが命を奪った病気だったかは判らない。。。

ただ、引き金になったのは「症候性てんかん」であることは確かだ。
                    


           
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