|
カシミールの友人宅、庭先での光景。 歓迎の宴のため羊一頭解体してます。(なるべくグロくない写真を選びました。) インドで歓迎のために鶏を絞めてご馳走してもらったことは時々ありますが羊は初めて。 やっぱりカシミールはイスラム文化だけあって一般的なヒンドゥー文化とは違います。ヴェジタリアンの多いインドですが、カシミールは完璧なノンヴェジ。いわゆる肉タリアン文化(笑)です。 遊牧民なら自分の羊を自分で処理するんでしょうけど、友人宅は一般家庭。羊は市場で買ってきたものですし、解体も専門の処理人にまかせてます。 それなら、わざわざ自宅の庭で作業しなくても肉屋で細切れを買ってくればよさそうなのですが、やはり歓迎の宴としてのこだわりなんでしょうね。「羊丸ごと一頭宴会」は彼らにとってもめったにないイベント。しきりに解体現場を見せたがりました。 これはちょっとグロかも。 内蔵や脳、血液も無駄にはしません。全部料理として食卓に上がります。(と言っても食卓は使わないスタイルですけど) 脳、目玉、ひずめ・・・。いろんな部位の肉が供されるのが「羊一頭丸ごと宴会」の楽しみらしいです。 こういうのを見るとお肉は感謝していただかないといけないとしみじみ思います。 厨房も庭先に特設されています。調理も家族ではなく雇われたプロの職人。 家庭のキッチンを使わない。女性、家族は一切タッチしない。家庭料理とは違うところにこだわってるようです。こんなところがイスラーム風のもてなしなんでしょうかね。 女性や子供たちも久しぶりの「羊丸ごと一頭宴会」に興奮してか、特設厨房を遠巻きに眺めています。 ちょっとグロな解体現場とワイルドな調理場風景なんですが、それがかえってお祭り騒ぎの歓迎宴会ムードを盛り上げています。 続く。
|
全体表示
[ リスト ]



あきちゃん
優しい日本人は気持ち悪く感じるのが当然です。
彼らにとっては美味しそうな光景ですけどね。
この友人は日本のぴくぴく動く新鮮なお刺身を気味悪がってました。
2010/6/4(金) 午後 10:55
空さん
う〜ん。カレーの領域が広すぎて何とも言えません。
この調理人は日本人がイメージするカレーより芳醇な風味のスパイスを使ってました。一言でいえば濃い味。
2010/6/4(金) 午後 10:57
ルリさん
女性たちがお休みと思うのは実は間違い。
お客さんに見えない場所で朝から大忙しです。調理に携わらないのは女は穢れているからだと思います。イスラム文化だから男尊女卑なんですね〜。
2010/6/4(金) 午後 11:01
ふみさん
ピストルが登場するとはワイルドですね〜。
ウサギの肉、美味しいんですけどピストル射殺現場を見たら心優しい方はちょっと食べられないかもですね。
2010/6/4(金) 午後 11:03
歓迎のためのセレモニーの意味もあるのでしょうか・。
それにしても、
私たちは、この部分は見ないで・・、毎日牛や豚を食べているので・・確かに、自分で殺さなければならなければ・・無駄にできなくなりますね。
ぽち!☆☆☆!
2010/6/5(土) 午前 5:33
え〜!!日本の元旦、おせち料理と同じ考え方かと思いました。
・・・ひどい(T_T)。
2010/6/5(土) 午前 7:04 [ ルリ ]
歓迎のためのお祭りムードなんですね。^^
無駄なく食す、実際見ていたら食せるか不安ですが。。
一枚目の写真、吊るされたお肉は無駄なく食され
同じような格好で横になっている家の犬は、無駄食いばかりしているような。。^^; 所変わればですね。。
2010/6/5(土) 午前 8:09
わぁ、わたしの憧れの食事!!! 傑作ポチさせていただきます!
(偶然にも近日中に記事にする予定でした!)
わたしが死ぬまでに食べたい1番の料理がこれです!
気持ち悪がる方も多いでしょうが、アンコウの吊るし切りも同じですよねぇ!
2010/6/5(土) 午後 0:59
otoriさん
もともとは砂漠の民の習慣だったんだと思います。
小さいけれども立派な財産である羊を客のもてなしのために処分する。
最大の歓迎の表し方なんでしょうね。
お祈りをしたのち羊が苦しまないように即死させる。こうして処理した肉じゃないと食べてはいけないそうです。
肉を食べる行為に含まれる非情さを認識してるんですね。
2010/6/5(土) 午後 1:13
ルリさん
この家族とは付き合いが20年近くありますが、奥さんやお母さんと口をきいたのはつい最近。それも2m位の距離を置いて挨拶だけ。
とにかく男社会。女性は仲間はずれです。
2010/6/5(土) 午後 1:16
美夕さん
ちょうど我が家の犬と同じくらいのサイズでした。^^;
皮を剥いでしまったら正直なところ何の肉かわかんないと思います。
まだ犬は食べたことないはずですけど、韓国や中国の朝鮮族にも知り合いがいるので、何かの料理に混じっていたかもしれません。^^;
2010/6/5(土) 午後 1:19
貝ぬしさん
羊丸ごと一頭宴会が憧れだったんですか。
解体現場で感動すると相手は喜びますよ。
殺すところ、皮を剥ぐところを見なかったで実際にはマグロの解体ショーと大差ないです。
現実問題、スーパーのパック肉も同じ手順ですからまさに気分の問題なんでしょうね。
2010/6/5(土) 午後 1:23
日ごろ食べなれてる肉が、どうやって“肉”になるかを教える、
いい機会だったと思います
牛も豚もそれ以外の動物も魚も、みんなに感謝の気持ちを持ちましょう
2010/6/5(土) 午後 3:18
こんにちわ。
Modeです。
すごいですね。
こういうのが、本当は、必要と思います。
肉は、スーパー行けば買える時代ですから、
上記のも述べられていますが、感謝の気持ちが完全にないです。
動物を殺して食べてるなんて、感じない。
けど、グルメグルメで、なんとか牛だとか、言っている。
考えさせられる内容です。 うんうん
しかし、すごい!!
自分も見てみたいです。
2010/6/5(土) 午後 7:29
解体現場はもちろん感動すること間違いなしです。 いつかわたしにも機会が訪れますように〜!
トルコ料理の本の記事でこちらの記事をリンクさせていただいてよろしいでしょうか。
よろしくお願いします!
2010/6/5(土) 午後 7:45
原始の香りが漂い、ワクワクのぞーくぞくたっぷしの宴会ですね。
羊のおどり食いじゃーなくてよかったですね。
処理されて店頭に並んだものに『美味しそう!』と反応するのに
山にいる鹿や猪を見ても思わない自分・・・文明に毒されちゃったのか・・・こんなのでええんかい?御馳走の原点の大歓迎よかったですね。 ( マトンもな文明人 陶主 )
2010/6/5(土) 午後 10:14 [ ran*ou*a*a ]
テンちゃん
これ見た後だと盛られたお肉残せないです。どんなに満腹でも。
食べ物になるために殺されたんだからせめて食べ物として扱わないと。
残したらゴミになっちゃいますからね。
2010/6/5(土) 午後 10:29
Modeさん
遙か昔、ヒトが家畜を飼うようになって以来、毎日どこかでこの光景が繰り返されてきたわけで、むしろこの光景がきっちりと生活から分離され見えなくなってしまったことのほうが不自然なんですよね。
この光景、小さな子供たちも平気で見ていました。
彼らは肉に対する思いも日本人とは違うんでしょうね。
2010/6/5(土) 午後 10:42
貝ぬしさん
モンゴルなんかでもこの歓迎方式みたいですね。
伝統的イスラームで一人旅の女性が正客として正式にもてなされるのは難しいと思います。遊牧民方面にチャンスありかもしれませんね。
リンクご自由にどうぞ。
2010/6/5(土) 午後 10:45
らんぼう窯さん
なぜかイヨマンテの唄が浮かんできました。
原始の頃にはこの回りで踊り歌ったんでしょうね。
この現場を見るとお肉は残せません。ま、それ以前からお肉残したことないですけど。^^;
ヴェジタリアンはこの宴には参加できない代わりに前の晩、野菜料理で宴会です。全野菜なんちゃって。
2010/6/5(土) 午後 10:57