志なき旅

幾山川越え去りゆかば寂しさの、果てなむ国ぞ今日も旅行く

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ミラレパの少年達

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チベットの少年達です。昨日までのインドの子ども達と比べると寡黙で微笑みも控えめです。背景を見て頂ければおわかりのようにほとんど緑のない荒涼とした大地があるだけです。
ここはティンリーという町の近くにある、ミラレパ修行洞跡です。ミラレパというのは11〜12世紀に実在したチベット仏教史上で最も人気のある高僧です。ここには壮大な寺院があったのですが、中国による支配後の1960年頃に破壊されてしまいました。
毎日延々と同じ風景を見ながら走り続けるチベットの旅では、この洞窟は本当に貴重な見学スポットなのです。いわば一大観光地なのですが、土産物屋も茶店も無く全く華やかさがありません。
子ども達の表情もどこか暗くはかない感じがします。厳しい気候風土のせいなのか、それともチベット民族が置かれている状況のせいなのかわかりませんが、彼らはカメラの前ではしゃぐこともせず、ただ諦観の表情を浮かべていました。
豊かになれば解決するという単純な問題ではないだけに、インドの子ども達とはちがう種類の哀愁を感じました。

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インド、タミールナドゥ州の州都チェンナイ(マドラス)の子ども達。昨日の子ども達と比べると服装のみすぼらしさは一目瞭然。サイズ違いの汚れた服ですが、これ以外に着替えがないという正真正銘の一張羅です。たぶん学校にも通っていないでしょう。たくましく物乞いしながら生きています。右方と後方の青年は子ども達とは無関係。カメラを構えていると見るや寄ってきた写りたがりです。
真ん中のデカパン少年のポーズは何かというと、ジャッキー・チェン。インドで国籍を尋ねられ日本人だと答えるとかなりの確率で「ジャッキー・チェンを知ってるぞ」というセリフが返ってきます。ソニーでもトヨタでもなくジャッキー・チェン!多くのインド人がジャッキー・チェンは日本人だと誤解しています。
そんなわけで路上の子ども達は明るく元気にカンフーポーズを決めてくれました。インドの高度成長の恩恵が彼らにも届くと良いのですが・・・。

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昨日の一家のようなすまし顔だけがインド人の写真ポーズではありません。行きずりの子供たちを撮影すると大抵こんな感じです。手早く撮影を済まさないと我も我もと寄ってきて大変なことになってしまいます。感覚としてはテレビカメラの前で興奮してはしゃぐ日本の子供たちみたいな感じでしょうか。
彼らはタミールナドゥ州の田舎の子供たちです。裸足ですが特に貧乏なわけではなく、田舎の一般的な庶民の子供たちです。きちんと洗濯され、身体のサイズに合った服を着ているというところでわかります。おそらく小学校にも通っているでしょう。(インドではまだまだ学校に行けない子供が多いのです。)
どこの国でも同じですが、この年代は男の子たちに比べ女の子は少し大人びていますね。屈託なくはしゃぐ男の子を尻目に写真に収まるポーズはすでに大人の対応、ちょっとおすまし顔ですね。

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インド人の写真好き(写され好き)は以前ちょっと触れましたが、誰もが自分のキメ顔やキメ角度を持っています。カメラを向けるとたちまち、その角度、その表情でポーズをとるわけです。ここはインドのチャーティースガル州。インドの中でも田舎の州です。
生涯歩き続ける人々 で書いたとおり、ゲリラや武装強盗が出没するやばい地域です。すごい田舎ですのでホテルもありません。こんなときは友人のジャイナ教徒の紹介で寺院の宿坊や有力信者の個人宅に泊まることになります。
この人たちはあるとき宿坊で居合わせた旅の家族。田舎で行われるジャイナ教のお祭りに参加するためはるばるやってきた敬虔な信者一家です。
で、軽い気持ちでカメラを向けるとごらんの通り。たちまち一家全員が見事なキメポーズ。まるで写真館の記念撮影ポーズですね。一番幼い男の子だけがきょとんとした表情で写っているのが自然で微笑ましいです。経済発展著しいインドですが、カメラはまだ貴重品の部類。インド人が自然な表情で写真に納まるにはまだもう少し時間がかかりそうです。

聖ベルナデッタ

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ブルゴーニュのロワール河沿いの町、ヌヴェールの愛徳修道会修道院に安置されている、聖ベルナデッタの聖遺骸です。
ベルナデッタは1858年2月11日、ピレネー山麓の寒村ルルド村の洞窟で薪拾いの途中に聖母の出現を目撃しました。そこに湧き出た泉こそ、かの有名なルルドの泉です。
彼女は1866年に修道院に入り1879年に35歳で病没しました。
遺体は没後、1909年、1919年、1925年の3回にわたって医師も加わり公式に調査されましたが、遺体に腐敗は無かったということです。度重なる埋葬と発掘で皮膚が黒変し眼窩が窪むなどしたために顔と両手に蝋のコーティングがされたということです。
ここに安置されている聖ベルナデッタの遺骸から感じられたのは、は神々しさとか威厳とか奇跡の顕現の威光とかではなく、1人の少女の苦しみのようなものでした。35歳の若さで没した、幸せとはいえない生涯を思うと、なぜかお疲れ様でしたという気持ちがわいてくるのでした。非カトリック教徒の勝手な思いこみですけど。

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