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昨日、食器の洗い物をしていて思いました。
貪欲な私たちはつい、望み過ぎてしまうのです。 かと言って望むことをやめてしまうと、私たちは何も出来なくなってしまう。 望みがあるから、事を起こす。 望みがあるから、考える。 望みがあるから、感じるのです。 望みすぎると、良くないことが起こったりするものです。 何事も「過ぎない」。 ほどほど、にね。 なぜ食器を洗っているときにそう思ったかと言うと、 私は食器を洗うとき、基本的には水を使います。 最近水が冷たくて洗っているうちに骨まで冷えるので、少しだけお湯の方に蛇口をひねります。 でも、出てくる水は「お湯」じゃなくて「冷たすぎない水」なんですね。 私はお湯で食器をすすぎたいわけじゃなくて、「手が痛くならない程度の温度の水」ですすぎたいんですよ。 それはあたたかい方が気持ちはいいけれど、別にそこまで望まなくてもいいのです。 「骨の芯まで冷えて、手が痛くなる」状態から脱することができればいいんです。 あぁ、なんでもそうだなぁと思いました。 望みが1・2・3とあるとして、3であればそれは素晴らしいけれど 1でなければいいんじゃない? 私たちは日本という国に生まれて、それなりに豊かに育っているので、1はイヤ。 でも2だったらいいんじゃない? 3じゃなくてもいいんじゃない? それは妥協ではないと私は思うのです。
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うんうん、ケムもそう思うよ〜ぉ。 友達とふいと見た占いに「大殺界」って書いてて、落ち込んだけど・・・ふと思ってみたら、人によって感じかたが違うはず。 いっぱい望む人は、ちょっとした嫌なことも「大殺界」だぁ〜って思っちゃうんじゃないかなぁ〜・・・て。 だから、ケムもちょっとした幸せに目を向けていこうと思ったよ♪
2006/1/18(水) 午後 3:27
そうそう、前向きに、謙虚に、でも希望を持って♪貪欲になりすぎると自分が倖せになれないもんね♪
2006/1/19(木) 午後 7:08