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< 自 殺 > 石原 慎太郎 死が眠りにすぎぬならば生きるべきか 死ぬべきか それが問題だ がしかし、彼らは死を選ぶ 苦悩を忘却に 苦闘を休息に 責任を贖罪に 屈辱を敗北に 変えることで 眠りにつくために どのように追い込まれようと どのような生にも 未知なる可能性はある筈なのに それを信じようとはせずに しかし 自ら選んだ死が本当にそれらのものを 醒めることのない眠りの安息に変えるかどうか 実は 生き残ったものにしか知れはしない 毎年8月になると思い出す人がいる。 高2の時出逢った一つ年上の男の子。わたしの片想いの相手の親友だった人。 二人だけで会ったのは一回だけ。電話もきっと数回だけだったと思う。 少しアバウトな感じと繊細な心の持ち主の彼に少なからず、心惹かれていた。 僅かな時間でも、彼とは上辺だけでなく、胸の中にあることを話し合っていた。 卒業して上京したものの、半年で故郷に戻っていたと聞いたのは後になってからでした。 私も卒業後上京。お盆休みのない仕事だったので、夏の終わり...丁度今頃帰省していた。 友人から電話で、彼が亡くなったことを知った時は、スゴいショックを受けたのを覚えています。 彼の同窓生の友人(お姉さんと思っている人)から連絡があってもいいはずなのに...と思って連絡 を入れると、彼女はまだ知らなかった。 お盆休みに旅行に出掛けていて、連絡がつかなかったとのことでした。 彼の亡くなったのは8月16日とのことでした。自殺でした。 2度目の交通事故を起こした彼は、治療を受けていた病院で、駆けつけた友人達が、同乗していて 怪我をした人のところに行っていた僅かの時間に2階のテラスから、飛び降りたと。 彼を一人にしてしまったことに気が付いた友人が、彼を追いかけたが、ズボンの裾を触ったのが やっとだったと聞かされました。 彼は高1の時バイクで人をはね、お年寄りを死なせています。 その時、自殺を考えたのだと思います。 自殺する人のことを『弱い人間だ...とは思わない。そう思う人は自殺する人の苦しみを知らない からだと思う。』と一度だけ、聞きました。 心の奥から絞りだすような言葉に、リストカットをし自殺を考えたことのあるわたしは黙って頷く だけでした。 2度目の事故は、自爆。カーブを曲がりきれずに、突っ込んだとのことでした。 彼の亡くなった時間、わたしは友人と海にいました。 石ころの海岸で寝転んでいると...突然の涙...。。ぼろぼろと大粒の涙が後から後から溢れてき ました。 友人と別れて、電車で帰るとき 誰か大切な人が死ぬ? って思ったのでした。 彼が生きていたら、こんな時どうしただろう...。。と何度も思いました。 どうぞ、死に急がないでください。 生きていれば苦しいことも悲しいこともあるけれど、楽しいこと嬉しいこともたくさんあります。 人って許せるのです。長い年月を経て、雪解けするのです。 このblogを開いてから、わたしは何度もそんな場面に、機会に恵まれました。 上手く伝えられないけれど、どうぞ生きていてください。生き抜いてください。 裸足でいいじゃない。どろ足で生きて逝きましょう。。 |

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