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2018年9月15日(土)

所属するベリーダンスカンパニーAffirmatifartがクラスを担当する近鉄文化サロンの発表会、文化サロンフェスティバル2018、無事終了致しました。

私はこちらでの講師を勤め始めてまだ3年目、発表会は2回目の経験でした。
アシスタント時代を含めると5年ほど(発表会もプラス1回)のお付き合いとなるので、6クラス中普段は会えない会員生徒さんとも再会したり。

奈良クラスの会員生徒さんと共に、一曲踊らせて頂いて充実した一日となりました。

舞台袖からの景色は、バレエ研究所にいた幼少の頃から見慣れた光景。
でも、やはり感慨深いものですね。大ホールでの出演は日常ではないからか。(大ホールが日常、の時もあるけれど、最近はご無沙汰)

何というか、引き締まるのです。そして舞台上に一つの世界が存在している。
その中に入って生きてみたい。そんな気持ち。

まぁどの現場でもそうあるべきですけど。心の持ちようは。

舞台作品に対して吸収欲が強くて敏感だった20代の頃に見た映画『リトル・ダンサー』(Billy Elliot)でのラストシーン。
主演のアダム・クーパーが舞台袖から躍り出る。カメラは舞台袖と背後から。

絶句。

エンドロールが流れ始めるスクリーンを見ながら呆然。映画は終わるのにこちらが終われない。何度でもDVDで見返したいシーンです。

それはさておき、舞台袖も楽屋も呼吸している。生きている場所なんですね。
舞台上だけ演じれば良いのではないと、久しぶりの大ホールで噛み締めた一夜でした。

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楽屋にて。YUMA師と先輩講師たちと。

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出会い ケータイ投稿記事

そういえば、2014年の春に自主企画「奈由多のよる」を京都で上演したのだけれど。

その時に、私と日本舞踊との出会いについては書いたのですが、ベリーダンスとの出会いについては書きそびれていますね。

金粉ショウを初めて体験した後、京都を拠点に踊り始めたわけですが、その頃足掛かりとしていた場所で対バン(という表現で合ってるのだろうか)だったのがYUMA師でした。

関西では最古参である。

そんなことはつゆ知らず、ステージを観て「あ!オリエンタルの本家本元がいる!」と衝撃を受け、金粉をくっつけたままその場で弟子入りを志願する。

なんとまぁ、若気の至りの怖いもの知らず。一途だったなぁ。今でもですが。
以来、稽古をつけて頂きながら入団し、クラスも持たせて頂くに至る。

ちなみに私のカンパニーでのデビュー曲はFi Youm Wa Leila
和訳すると「昼も夜も」。朝はいずこへ!

まぁ冗談はさておき。
女性であること、女性として生きることの大切な部分を、たくさん学ばされます。今でも。

さて、明日は近鉄文化サロンの発表会で会員の生徒さんとご一緒しますが、
来月は奈良で踊ります。師と共に。緊張するー!

タイミングよくフライヤも届いたのでご案内。
今年1月にご一緒したシタール奏者・南澤さんもおられます。
宜しくお願い申し上げます。

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薬師寺 ケータイ投稿記事

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連日の日記となりますが。
そりゃそうか。「日」記ですもの。初巻、第二巻は月記か年記化していたけれど。

先日、NYの地下鉄駅が再開しましたね。

それとは別に、出勤前の出がけに見たニュース。
もう何年も、ずーっと修復作業に入っておられる薬師寺・東塔の取材でしたが、天井画を復元し、新たにはめ込むそう。

国宝の建築物に、現代に復刻したものを融合させる。

修復に携わって来られた職人さんも、「初めてのことで、やりがいもあるが責任を感じる」と仰っておられました。

思えば仏像でも頭部だけ後世のものだとか、胸部や腕が複数の像を行ったり来たり、ということが多々あります。

制作された時代から、たくさんの歴史を経てきての、現代の姿なんですね。
原型を守りながら、新しい形を創り出していく。形あるものは変わりゆくもの。

そう思えば、今回の薬師寺・東塔の件も納得出来る気がします。

大学の美学・芸術学専攻で仏教美術をかじってみた(たった半年で中退して放ったらかした)私ですが、やはり仏教美術、工芸の生い立ちには今でも興味があるようで。

さて、今週末は近鉄文化サロンの発表会。
久しぶりの大きなホールですが、イショウ、セイサクチュウ。

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ふたつのつき ケータイ投稿記事

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私はベリーダンサーとして、京都のカンパニーAffirmatifartに所属している身でもあります。

Affirmatifartの前身は、AL CAMARANIという東京を拠点に活躍されているカンパニーの京都支部だったそうです。
(私がベリーダンス修行を始めた頃は、確かまだ支部だったはず)

AL CAMARANIとはアラビア語で、日本語にすると「ふたつの月」、すなわち太陽と月、という意味になります。

蛇足で付け加えるならば、太陽と月は陰陽、サンスクリット語で「ハタ」と表します。
ハタヨガ、は聞いたことがある方も多いでしょう。

ふたつをひとつにする。中庸を生きる。

これは、ヨガの指導者としての課題でもあり。


話を月に戻しましょう。
今日は夜の空にお月様が見えません。新月の日ですね。
日本古来の暦では、新月は朔の日として、ひと月の始まりの日でもありました。

何か新しいことを始める初日。それに適しているのだそうです。

夜、新月は目には見えませんが、いないわけでは無い。月はいつでもそこに在る。
ちなみにカンパニー名のAffirmatifart、肯定的な芸術を、という意味です。

砂漠が広がる国では、月が美しい夜を大切にしてきたのだと思います。生きるために。暗闇で迷子にならないために。

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舞踊まつり ケータイ投稿記事

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9月8日(土)
尼崎アルカイックホールにて、師の舞台を拝見する。
新舞踊・創作舞踊は歌謡曲などに振り付けられることが多いですが、この日はプロダクションの55周年記念でもあり、実際に歌われる中での舞踊でした。

生演奏での舞台は、やはりCD音源とは息が違って来ます。息、というのか心、というのか。

つい最近、奈良で歌手の方とご一緒させて頂く機会に恵まれましたが、やっぱり気持ちが変わってくる。纏うものが変わる。
何かが降りてくるのか、内側の奥底から滲み出てくるのか。

その時は半分振りの土台を作り、そこに即興を織り交ぜての一曲にしましたが、歌い手さんとの交歓があって生まれる動きがあった。

そんな記憶を、師の舞台から脳内に引き出されながらの鑑賞となり、貴重な時間を頂いたなと思います。


一曲を共にする相手。
その相手を大切に選びなさい、そして出会えた相手に感謝して踊りなさい。


舞台上からそう言われた気がしました。

相手とは、それが演奏家であれ、踊り手であれ、はたまた舞台裏の技術者であれ。

例え独舞であっても、一人で立っているのではない。たくさんの力が集まり動いているのだと。

舞台人としては、当たり前の基本なのだけれど、今更ながらにその心の大きさを感じた日でした。

これから踊り続けるにあたり。
やはり大切に持ち続けていたい。

そしていつか、それを伝えなければならない日が来る。
舞台上の姿から、そして日々の姿から伝えられるように、私はなれるんだろうか。

たった一曲のための、24時間365日でもあるのだから。

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