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「ごいんさん、えらいこっちゃ。今晩空いてまっか。」
お逮夜参りがひと段落して、本堂の前で愛犬ガブリエラと遊んでいると、ゴイチさんがやってきた。
「まま、何の騒ぎですか。」
「きまんねん、きまんねん。」
「誰が」
「太木星子が!!!」
なんと、今テレビで芸人などを相手に占いを披露し、視聴率をとっている京都のおばちゃんだ。
「もうすぐ選挙でっしゃろ。民自党の議員さんお応援に本人がきはるんでっせ。ごいんさん、いこいこ。」
ここは落ち着かなくてはいけない。相手はゴイチさんである。ゆっくりと深呼吸をし、犬をなでる。
さてと話そうとしたら、
「わて、近所の人もう7人も誘いましてん。あのね、先着50名の中から、一人だけ占いをしてくりゃはりますねん。6時に始まるけど、5時開場やから今からならびまひょ。」
「残念。いきません。」
「え、なんで。」
「いかんでもええから。」
「ま、あんたもへそまがりやな。せっかく運が開けるチャンスやのに。」
「せやさかい、その運ちゅうもんをあてにしてませんねん。」
「ほ、宝くじとか馬券とか買わはりませんの。ま、商売繁盛のほうは具合悪いな。死人がいっぱいでる。」
ほんまに、ようしゃべる。余計な事まで。あ、いかんいかん。こちらが煩悩をかきたててどうする。
「あのね。この世の事や自分のことを考えて決めるのは自分やの。そんなもの他人に頼んだり見てもろたりすると迷いが増えるだけですよ。それにだいたい太木さんの話は、金もうけと恋愛と健康の話でしょ。
もうそれは済んでますから。」
「えーー。占い当たりまへんのか。」
「当たるか当たらないか、私は知らん。そういう話はみんな大好きでっしゃろ。自分の欲をかきたててくれてしかもそれを満たしてあげよ、いう話ですから。そういう話聞きにいったら、私の事やからお寺の住職の仕事で金儲けしようという気になります。」
「なったらよろしいやん。」
「ほんなら、あなたのような檀家さんを脅したり誘惑して、運のつく数珠とかお守りとか売ったりする事になりますな。ほんで、あんたみたいなお布施の少ない人は、確実に死ぬっちゅうて、言うたげましょか?」と睨んでやった。自慢やないが私は黙っていたら「頭にやのつくお仕事」の方に間違われるのである。
「そんな、恐ろしい。カンベンしとくなはれ。」
ゴイチさんが本当に震えた。
「日本は今そんな宗教が大流行ですわ。仏教や神社や陰陽道やという名を借りて、人を脅したり不安にさせる教えを撒き散らすんです。」
にっこり笑って「ウソや」と言ってやると、ちょっと安心した風情である。
「あのね。せやからお寺へ参ってご法話を聞きなさいて、普段から言うてまっしゃろ。仏様の教えを聞く、人間の考えた世迷いごとは聞かんようにして、正しい言葉に耳傾けますねん。ほら、聞こえてきましたで。仏法(自然の法則)をたよりとし、自らをたよりとし、真実の人生を生きろ。お釈迦さまはそういうたはります。」
「よろしいか。魂がどうとか念がどうとか方角がどうとか日の吉凶とか、そんな事に関心もったら迷うだけです。せやから、私は太木のオバちゃんには興味おまへん。」
「はあ、なるほど。そういうもんですか。ちょっと私らが思うてた仏教と、違いますな。エエ勉強になりました。ご院さんおおきに。」
「そう思うんやったら、もっと聴聞にいらっしゃいね。」
「はーい。ほんならご院さんもオウチの人は、行かはらへんと。」
「はい。」
それを聞くと、ゴイチさんはニンマリとし、門を出て行くときにガッツポーズ。そして表どおりで彼女の声が響く。
「よっしゃ!!これでライバルが7人減った。並びに行こうっと」
軽やかなスキップの音まで、聞こえてきた。
あーあという顔をしたのだろうか。私の前で首をかしげていたガブリエラが、「ご主人さま、悲しいの」という眼をして、私の指をぺろぺろなめだした。
「それにしても、占い師を応援演説に呼ぶ議員ってなんじゃろね。」とあきれ返って、愛犬と戯れる残暑の午後でした。
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