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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

書庫学びの家

月曜日。教育委員会の方々が、学校訪問された。月の1.2はパソコンの授業。スタディノートというソフトを使って、メールの作成と返信を行った。生徒さんたちは10月に「一泊学習」にでかけられた。これは修学旅行&林間のようなもの。年一回の旅行である。

今までは、就学援助金でほぼ全員が2万円を出さなくても参加できた。しかしウチの市も財政難で、「夜間生は打ち切り」という話がでてきたことは以前書いた。その後いろいろあって、今年は半額だけ負担してもらえる事になった。でも、来年はダメ。

市立の中学としては異例の市域外の生徒も受け入れる「夜間」として、設立時の市長の英断で30年続いてきたが、さすがにもうやっていけない。そこで、生徒さんが居住する市からも何某かの援助金をいあただこうというプランを進めている。法的なことも含めて府教委と相談しながらであるから、今回の訪問はその一貫である。

正直、この学校で働くまでは、「他市の人まで面倒見るの?」と思っていた。しかし、つい先日亡くなられた他市在住のTさんと出会うことで、その浅はかな形式的な考え方はひっくり返された。

昨年のPCの授業。一人とってもゆっくりで一つ一つの操作を繰り返し繰り返しなぞりながら、キーボードとマウスに向かう生徒がいた。Tさんである。授業が金曜の4時間目(最終講義)だったので、帰り道校門を出たところで、Tさんといっしょになった。

「せんせ、こんな年寄り教えるのいやになったでしょう。教えても教えても忘れるから。」
「いいえそんな事はないですよ。」
話していると、同じクラスの生徒さんが「さよなら」「気をつけて」と追い越していく。Tさんは杖をたよりにゆっくりと一歩一歩、亀のような歩みである。

「せんせ、急いでんねんやったら、先いってや。私はこんな速さでしか歩かれへんから。」
そう言われて置いていけるものではない。月明かりの中、ふだんなら3分で歩く駅までの道を、15分ほどかけてお話しながら歩いた。担任の先生から「病み上がり」とだけ聞いていたが、かなりの重病であるとのこと。
「でもね。退院したら一番に学校へ来たかった。死ぬまでずっと学校に来たいんよ。」
返す言葉はなかった。ずしんと応えた。

この日のあとまたすぐに、体調が悪くなり再入院。そして、今年の四月からまた元気な声で、「むつかしなあ。」といいながら、キーボードに向かわれていた。笑顔と学ぶ喜びに溢れた顔しか思い浮かばない。
9月に入ってすぐのこと。連絡がないまま、木・金と二日欠席された。娘さんが様子がおかしいので、家をのぞきに行かれた所、おそらく学校から帰ってほっとした姿で、事切れておられたという。

ボクは泣かない。追悼冥福を祈ることもしない。その代わりに、歯をくいしばってでもこの学校を維持するのだ。定期代に教材費、行政からの援助がなければTさんはこの学校に通えず、ボクとの出会いもなかった。スタディノートは、学年組と番号を入力してログインする。この日の授業のために18人の生徒さんに、ボクからメールを送った。17人は、委員会の人々を前に、メールの返事を書きそれを発表しあった。一泊学舎の感想である。行けなかった人は、援助金打ち切りのことを訴えたり、見学した徴用令による強制労働で掘られた「地下軍事工場」跡とその労働条件の過酷さを訴えた。

ログイン#8。もう返事はこない。電脳世界で彼女あてに出したボクのメールは存在し続ける。そして、パソコンに向かうたびにTさんの笑顔とその生き方を思わずにはいられないだろう…。

nazuna
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