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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

書庫お寺のくらし

 「お坊さんもマーケッティングが…」という書き込みをいただいた。まさにそうだね。で、時代は何を求めているのかってこと。
 ボクが、マスコミに一定批判的なのは、自分たちの「主観」できづいた伝統宗教に対するワクでしか、取材・コメントをしないから。そのワクって?「お坊さんは、葬式や法事などの死者儀礼の儀式要員で、お寺=お墓。年寄りや死んだ人にしか用はない」という感じ。
 だから、やたらと葬式をし、死者儀礼として「お経=まじない」をあげているだけで、莫大な収入を得られる現実がある。儀式要員としてのマーケットは存在する。でも、そういうマーケットは衰退すると思っている。本当のニーズはどこにあるのか。
 オウムの事件やサカキバラ事件や宅間の事件などに、坊さんのコメントがでない。よく聞くことだ。でも、さっきのワクがあるからマスコミに気に入るコメントなぞ、まとまな僧侶からは出ない。まともな発言は、一部の人に届けるしかない現状。そこに嫌気をさして、儀式要員でけっこうと開き直る。それだけで忙しいのも事実。そんなところかな、今の現状は。
 でも、一人ひとりとしっかり話していくと、人生の苦を乗り越えてなお「生命を喜ぶ」ブッダの教えに魅力を感じ、もっとしっかり聞かせてほしい、というニーズはある。
 だから、多少耳障りでも、「ブッダの言葉」をストレートに求めるマーケットは拡大傾向のあると、ボクは思っている。例えば市場経済。「諸法無我」の教えは、そこにかかわる人に本質を教えてくれる。相場は思い通りにはならない。だから、「こうあったらいいな」という願望をすてて、「市場の声」に従うこと、少欲知足(欲を抑えて足ることを知る)であるべき。そして、バランスよく生きられ、命を喜べたら布施(ボランティアや援助)を行う。そういう生き方をモデリングしていく。怒りと欲と愚痴を離れる道を生かされていく。そういう生き方を変化する時代に流されずに、真摯に伝えていく。
 「死んだ人に聞かせるお経はない」って所で踏ん張ってるんですが…。これからも、今を生きる声を、ライブで伝えられる「ブログ」で、書いていこうと思います。ちょっと、見通し甘いかな?

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