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教材:『みんなにつたえたい』 上原(うえはら)裕子(ゆうこ)
お金(かね)の計(けい)算(さん)の勉(べん)強(きょう)の時(とき)、識(しき)字(じ)教(きょう)室(しつ) の先(せん)生(せい)に
「六(ろく)円(えん)ってどう出(だ)すん。」と聞(き)かれた。
出(だ)せなかった。
いつも買(かい)物(もの)の時(とき)は、大(おお)きいお金(かね)から使(つか)っていった。
なるべくしっている人(ひと)のおる所(ところ)へ行(い)っていた。
お父(とう)ちゃんがこたつの上(うえ)においてあった。
さいふをもった時(とき)重(おも)たかった。
さいふの中(なか)を見(み)て
「なんでこまかいお金(かね)ばっかしもってるんや」
と聞(き)かれたこともあった。
本(ほん)とうのお金(かね)をつかって、
千二百円(えん)とか、千六円(えん)とか、百四十円(えん)とか
出(だ)すれん習(しゅう)をした。
これも二年(にねん)くらいべんきょうした。
今(いま)は小(ちい)さいお金(かね)からつかっている。 松原市人権啓発協議会2003より
日本語の授業である。三人の生徒に順に一句ずつ読んでもらう。声に出して読むことで、文字の響きが生きる。作者の上原さんは「ストレプトマイシン」薬害で聴覚に障碍をもち、十分な学習ができなかった。部落解放運動の中で作られた「識字教室」で、文字を学び自信を回復された人である。
彼女と全く同じように、出産時のアクシデントで難聴になった生徒さんがいらっしゃる。
読み合わせていくと、すぐに反応が帰ってきた。
「私もお札だしてお釣りをもらってたで。小銭の計算わからんかったから。」
「ワシも計算できんから、給料も全部女房に渡して、明細書とのつきあわせしてもろてた。」
「わ、ほんなら、へそくりもでけへんかったんやな。」
なるほど。教育権を奪われることで「へそくり」ができない。新発見ですな(笑)。
で、上原さんは二年かかってやっとお金を小さいほうからだせるようになったという喜びを語られるわけですが、うちの生徒さんは、
「私も時計読めんかったなあ。」
「うん。時間聞かれたら、目が悪いからて言うて、時計をこう見せて相手に読んでもらってた。」
「わしは、定期を会社に買うてもうてたな。」
「うちとこは、定期は自分で買えたけど、用紙の記入がでけへんやろ。家にもって帰ってヨメハンに字は書いてもろてたなあ。」
じゃあ、皆さんは上原さんよりもっと沢山の先生や仲間と共に、数学も英語も社会も理科もある学校で学べてる訳やけど、どうですか?と水を向ける。
「うっとこは、曜日やなあ。日曜と土曜は知ってたで。けど、後はわからん。それが学校にきて、月火水木金土日と順番わかるようになったなあ。」
「わしは、ひき算やな。」
「どういうこと?」
「いや、一杯飲み屋へ行くやろ。ほしたら、1000円もってたら、何になんぼ使った、何ぼ使ったて、足し算で計算して、1000円に届く前にやめるちゅうやり方やったからな。」
おお、これは凄い。何ぼお金が残るという計算ではなく何ぼ使ったかという計算。なるほどねぇ。
学校にきて初めて一週間がわかる。学校にきて初めてお金を計算して自分で使える。当たり前のことが当たり前ではなく、それを学び取る機会を失うことの切なさ。また、一つ生徒さんに教えてもらいました。
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昔病院の窓口で、字が書けず診療申込書を持ち帰り半年受診を遅らせ、ガンが手遅れになった生活保護の方とお話しをしたことがあります。全ての人に約束されている当然の権利が守れない。「当たり前」が切り捨てる弱い立場の方のこと、考えたいですねぇ。
2006/3/4(土) 午前 7:35
実は、2012年まで「国連識字のための十年」という取り組みが世界でなされているんですが。日本は全く無関心です。自治体も予算がない→やんない。非識字者(外国人を含む)へのサポートが全く無い社会になっています、わが日本は。
2006/3/4(土) 午後 0:39