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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

書庫お寺のくらし

ジェンダーフリー!

 子育てに、体の不自由な家族の世話。掃除に整理整頓。銀行や郵便局での用事。そして、洗濯に食事の用意に後片付け。
 「家庭」と呼ばれる単位は、人が生物として生きていくのに最低必要な行為と、人が他の動物とは違って、高度な組織をつくりそこに依存して生活する上で必要な行為を、集団で担っていた。そこは利益誘導体ではなく、まさしく自他が溶け合う群れとしての「共同体」であった。

これは結婚や家庭をもつことともかかわるのであるが、私たちはこの部分にも経済原則を持ち込んだのである。だから、前述した行為の一つ一つが金銭で処理されるようにできあがっているし、またそれをビジネスチャンスとしてみる人も多い。

こういう状況の中で、今「ジェンダーフリー」という議論が賛否両論で進んでいる。

私たちお寺は、はっきりいって男社会である。出家でなく在家仏教者なのに、女性住職は少ないし門徒総代もほとんどが男性である。これは、生物的な要素で、出産による休息の時間が女性にあるために男性が食料確保にむかうという分業の記憶が文化になったためである。お寺の維持には男女かかわりない。女性は出産し授乳期を終えれば、男性が保護者として赤ん坊の生存を担当してもおかしくない。ただ、そこにはバトンタッチするための時間的経済的ロスが生まれる。其のロスが許容できない社会状況にあっては、女性集団がそれを担うのは成り行きである。こうして全ての階級階層で、一族郎党集団として生活を築き生命の維持と次世代教育の機能を女性集団が担った。

これを「家」と規定すると、家内は女性が家外、つまり他の「家」との共存をはかる調整機能を男性が担った。ニワトリか卵かという言い方っぽいけど、ジェンダーフリーはこの起源と制度化を相対化する観点である。

私は、人権教育や様々な人権運動にもかかわってきたが、其の中で「ジェンダーフリー」に関しては、異論を唱えていた。固定的に役割を分業せよというのではない。その理由はただ一つ。
「ジェンダーフリー」の議論が、人間社会を暮らしやすくするのではなく、女性を労働者化し産業社会を無限定に正当化する流れに組するものであると、感じたからだ。先ほどの「家」を社会におきかえれば、家の中での仕事を完全に性差にかかわりなく分業したとき、家の水準を性差分業時と同等あるいはそれ以上に豊にしようとすれば、他の家に対して攻撃的にならざるを得ない。つまりそれは、性差差別を越えていく社会が、同時に国際社会においては非産業化社会をその踏み台とすることになる。それを危惧しているのである。

マザーテレサや特攻隊の青年にいたるまで、古今東西の聖なる行為とは、生命を個人の人生のスパンに閉じ込めてしまう感覚を越えて、人類という種の存続あるいは、何代にも渡っての社会の維持という点に貢献するものを言う。

それは、個人の生命を犠牲にするという感覚ではなく(それはあくまでも己の短い人生が基準である)、生命というものを歴史の連続でとらえたりあるいは縁の連鎖でとらえるより大きな観点を、獲得したもののむしろ強みであるのだ。

産業社会は個々の欲望に全てを分解する。男性であれ女性であれ、個々の感情よりも優先する種の存続というものや、集団の維持発展というものに、個々が欲望を感じるとは思えない。「誰でもいいからSEXして子どもをとにかく生んで(生んでもらって)育てる」「子どもや社会のために自分の欲をしんぼうして、奉仕する」ことに欲望は向かわない。

「自己実現」や「それぞれの花をさかそう」という発想が優先されれば、当然自己を犠牲にしたいとか他人の肥料になりたいというような人は、馬鹿か阿呆であろう。

だから私は「ジェンダーフリー」の議論の中で、「男性も女性も同じように、銭にならない用事ができる社会を」「低収入でも子どもや年寄りやご近所と仲良く暮らせる社会を」といい続けていたのである。

最近の猪口女史や男女平等社会を目指す人々の発言を見れば、(社会党の福島氏でさえ)「女性を労働力に」が基調である。そして専業主婦がむしろセレブになりつつある。もちろん産業社会で生きるのであるから、ワークシェアリングをし男性の仕事を減らして、家事に家族がかかわれる時間を増やすのは、賛成である。

しかし、先ほどふれたように、日本中が仕事を減らし低収入でも、風土や環境や地域などのために自分を抑え、子や孫の世代に地球を、支えあう人間関係を、最高の価値として渡すという、パラダイムの転換がなければ無意味だと思う。しかもそれが国境を越えていかなければ意味がない。

仏教でいう「布施」。キリスト教での「チャリティ」。あるいは神国日本の国体維持(個人的にはスキではないけどね)。こういう言辞には、「銭もうけよりも大切なことがある」という気概がある。しかし、同時に現代の人々に覚醒を促す新しい言葉ではない。パイを増やさない経済を志向する(江戸循環社会のような)新しい言葉が必要である。「ジェンダーフリー」は、むしろそういうパラダイムの中で議論するべき大きな文化的課題であろうと思うのだが。

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    共感致します。頭ではわかったつもりでも、豊かさはお金で買うもんじゃないことを思い知るのは、体験です。ヒトという生物の性差を無視した、労働力評価でジェンダーフリーを語る風潮には危惧をおぼえておりました。

    鈴木藍子

    2006/4/30(日) 午後 5:44

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