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明後日は、一年一回のお寺主宰の「バスツアー」。でも、今関西には台風1号がきてます!!!
今回は、聖徳太子のお墓(御廟)である「叡福寺」さんへ参る。それから、奈良の国立博物館に行く。
ここには、「熊皮の御影」といわれる親鸞さまの絵がある。安城の御影、鏡の御影とは違い、親鸞さまの曾孫にあたる「覺如」さんが、画家に描かせたものであるようだ。
でも、これはすごくオモロイ。何故かというと、親鸞さまが〈熊の皮〉の上にすわっていらっしゃるのである。また鹿の皮をまいた杖も、描かれている。
これで笈の葛籠を背負って旅されているのであるから、中世商人絵巻に出てくる「連尺(雀)商人」そのものである。詳しくは歴史編で触れる予定であるが、これは念仏聖(つまり民間の由緒正しくない宗教者兼医者兼商人兼情報収集提供者)を暗示する。
越後へ流罪になり、赦免されるのだが、俗名「藤井善信」は、自ら「愚禿」と名乗り、宗教と文化と政治の中心地である京都へもどらなかった。むしろ幕府が開かれた関東を目指す。法然同門下には熊谷次郎直実(蓮生房)など、鎌倉武士が沢山存在していた。
京都からは{東夷」と卑しめられた土地と人。既成の仏教の布教が及ばず、「猟、沙獲りをする人々」が暮らす土地に、棲家を求められている。彼らは、比叡山の仏教では「地獄行き」とされる人々であった。越後時代に妻となった「恵信尼」公が三好氏であり、鎌倉でも三好氏が用いられている。
そんな情報もあったのだろうか。少なくとも、阿弥陀仏信心を広める立場で、関東入りを果たし善光寺系聖として活動の基盤を得て、専修念仏を説かれたのであろう。
そういう歴史的必然が読み取れる「絵」であるので、楽しみにしている。聖徳太子もオモロイんだけど、それについては歴史編ブログで。
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