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地震。友人の娘がステイしているその現地。毎日、死亡者数が増えていく。そして、彼女のブログは空白のまま…。
あせりました。でも、やっと昨日「ブログ」に無事の書き込み。母のブログにはこの3日の詳細がのっていました。
ほっとしつつ、彼女が置かれている状況を思う。
毎日のわずかなメールで、「無力だ」と打ちのめされている様子。4月にはインドネシアの宗教とぶつかりつつ、自分を考え直すコメントを書いていた彼女であった。
人が危機的な状況に置かれるというのは、内面的なものだけでなくこういう外面的なこともある。阪神大震災のときもそうでった。結局、私もそれが遠因となって、早期退職に傾いていったのであるが。
何もできないがそこにいる、ある。そのことの大きさを思う。原爆投下後の広島。焼夷弾の雨を浴びた後のうちのじいさんばあさん。9.11直後のニューヨーカー。無力感と屈辱と安心と…。
「生きる」という事の意味をリ・アレンジしなければ、乗り越えられない局面。宗教はそうして生まれ広がり多くの人の思いを受け入れつつ存在する。
ショーコ、君の瞳に写るインドネシアの現実を、めげることなく見つめて欲しい。無力な自分をつくづく味わってほしい。
「慈悲に聖道浄土のかわりめあり。聖道の慈悲というは、ものをあわれみ、かなしみ、はぐくむなり。し かれども、おもうがごとくたすけとぐること、きわめてありがたし。
浄土の慈悲というは、念仏して、いそぎ仏になりて、大慈大悲心をもって、おもうがごとく衆生を利益 するをいうべきなり。今生に、いかに、いとおし不便とおもうとも、存知のごとくたすけがたければ、 この慈悲始終なし。
しかれば、念仏もうすのみぞ、すえとおりたる大慈悲心にてそうろうべきと云々。」
親鸞さまのお言葉が胸に響きます。
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おおきに! 下記、祥子へのメールの一部です。 疫病が怖い。余震が怖い。ムラピの噴火が怖い。 祥子になんかあったら僕たち父母は責められるでしょう。 「なんで、帰国させへんだんやぁ!」ってね。 「ジョグジャを捨てて逃げて帰るようなアマチャな留学はしてませんでした。」 そう胸を張って答えます。 せいいっぱいやりなはれ! くたばったら言うてください。 いつでも飛んでいくから・・・・・・・
[ 父 ]
2006/5/31(水) 午後 5:38
おやじ、ちゅうのも辛い仕事ですね。木の上に立って見るのが「親」ですから、せめてきちんと「木の上」に登って行きましょうね。
2006/6/1(木) 午前 10:53
ええアドバイスおおきに!「木の上」から降りたくなったら寺へ行きます
[ おやじ ]
2006/6/2(金) 午後 6:42