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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

書庫学びの家

鳥居龍蔵と白川静

昨日、書いた「教養」ということ。ちょっとリクツっぽいなあと思ったので、くだいておきたい。

まず、鳥居龍蔵である。日本人のルーツを研究するために、多くの地域に出かけて多くの人々と出会いその生活習慣を記録した、フィールドワークの草分けである。彼は、小学校中退であった。そんな彼が、用務員から始め帝大助教授になる。結局、官のエリート主義と窮屈さに反発し、民間研究者として生涯を終えるのですが、こういう彼を育てる土壌が「帝国大学」にはあったのです。調査にあけくれ論文を沢山かかなくても、その才と研究分野に注目して無駄飯を食わせるのが、大学というもんです。

白川静は、健在です。夜間高校から大学に進んだ彼は、東洋随一の「漢字学者」です。合理主義の立場にたたず、古代中国の生活習慣や文化宗教に注目し、そこから文字を解読していったという総合的な中国通です。彼は私学ですが、やはりそういう才のある人を育てる風潮はあったのです。

「教養」とは、難しい事ではありません。一つのことを丁寧にいろいろな角度で考える習慣でありましょう。だから、時間がかかる。答えが出ないかもしれないことに一生かける。そういう人物を大切にして食わせる。

南方熊楠なぞは、今生きていたら「変態のおっさん」としてTVに登場しまくりでしょうね。ほんでもって、学績が顕れる前に「逮捕拘留」されて、社会から葬り去られたと思われます。

無用の用がわかる社会が、大人の社会ではありませんかねえ。

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    法人化した大学に重い記事です。特に、最後の一行。目先の評価が優先され、将来を眺めても、未来を見つめようとはなかなかしません。本来国立だからこそやれることなのですが。

    鈴木藍子

    2006/6/23(金) 午前 5:57

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    私も50を過ぎてから、30年近い日々が一つの方向を指していることに気付かされ、論文が書けるようになりました。スタンダールの「クリスタリゼーション」のように、或いはバウムクーヘンのように積み重ねられた年輪が導く世界もあります。戦後の文化はそういう歴史性を等閑視しすぎたんですね。そして、新自由主義の改革で、今しか見ない。私の良き友人たちは一応に、大学に愛想を尽かしております。aikoさんの現場での苦衷に共感しております。

    nazuna

    2006/6/24(土) 午後 7:53

nazuna
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