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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

書庫学びの家

1940年頃から、アメリカはプラグマティズムの時代に入ります。教科書に書いてあることを学ぶのに実際にやってみるんですね。ここから学校で実験するということが、授業に入ってきます。

虹の色についても、「7色」という記述を鵜呑みにせずに、プリズムを持ち込み分光して見せたわけです。

すると、生徒たちはその色を見て、6色であるとか7色であるとか5色であるとかいいます。それらの結果をふまえて、教科書の解説が変わります。

「虹の色は7色ですが、インディゴ・ブルーはブルーのなかまなのでこれらをまとめてブルーとしてもいいでしょう。したがって6色であるといっていいのです」と。

ここからアメリカでは「虹は6色」という共通理解が広まっていくのです。

反対に日本はどうでしょうか?江戸時代の本を見ると幕末期にはすでにニュートンの「虹は7色」という知識が入ってきています。しかし、中期頃の本には「虹は2色」「虹は5色」と言う記述が見受けられます。

この事実から、決して日本語の繊細さや日本人の感性の豊かさの結果、「日本は7でアメリカは6」になったわけではないことが明らかです。むしろ、明治の急速な近代化のために、個人の実感よりも「西洋の知識」を正しいとして無条件に受け入れ、教育していく姿が浮かびます。

夜間の教室でも、プリズムの分光を見ましたが、生徒さん三人と私の計四人ともが、肉眼では「6色」としかいえなかったです。

この項は「虹は7色か6色か 真理と教育の問題を考える」仮説社・板倉聖宜著・600円、から、構成しました。興味のあるかたは、購入して見てください。

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    リアルの虹はともかく、分光器の色を日本の古い色の呼びかたで分ければ、逆に十色を越えるのかなぁ?とも思えます。様々な事象を語る時、文化的土壌の重要性を感じました。

    鈴木藍子

    2006/9/10(日) 午前 10:31

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    虹の七色は、欧州起源だったというわけですね。脱亜入欧をスローガンにしていた日本は、それで丸呑みしたということなんですねぇ。なるほどなぁ。当時の文部大臣、森有礼なんかは「日本語を廃して、国語を英語にしよう」と言ってたくらいですから、虹の色くらい朝飯前だったんでしょう。考えさせられます。。。

    single40

    2006/9/16(土) 午後 7:42

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    脱亜入欧が新たな権威主義になっちゃった例かもしれません。それを現代の学者がナショナリズムで理解するというのも、今風?ですね。アメリカスタンダードについても考えさせられましたが(笑)。

    nazuna

    2006/9/19(火) 午後 11:44

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