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この数日、ブログを開けなかった。父の遺稿集の編集の為です。 父は、昭和二年に生まれ平成十二年に往生した。平成元年に心筋梗塞で倒れてからは、老いが目立ち、活動も気力も半減して、最後はほぼ寝たきりになっていった。今年七回忌。 幼い頃は、厳しい父であったし、路線の違いから口をきくのもイヤだった時期もある。だが、娘が成人しだした頃から、自分の年齢と父の年齢を引き比べることが多くなっている。 女子中高の教員を経て女子短大の教授を務めていたが、研究者というよりも教育者であり、宗教教育を熱心に追求していた。京大文学部哲学科インド哲学専攻という難しい学問をやり、論理的で鋭い感覚をもっていたので、教区の僧侶たちには恐れられていた。その一方で、生寺が戦争で全滅し、我が寺に養子入りして生活するはめになり、そういう運命には苦しみ悩んだと思われます。 毎年12編ほどの法話エッセイをミニ冊子にしていたので、それを全て一冊の本にまとめて、記念にすることにした。大変な作業でしたよ。目がくたびれた。 共感したりン?と思ったりしながら、編集したわけだが、父との共通点と違いがよくわかってい自分にとっては有り難い経験になりました。と同時に、戦争の時代をバイオグラフィを通して再体験もし、やっぱり宗教と政治については、きちんと目配りせなあかんなあと思った次第です。 遺言は以下のとおり。 日々の暮らしの中でのお念仏を大切にして下さい。
我々は死ぬのではありません。 往生させて頂くのであります。 このお念仏一つあれば生きぬいて行けます。 ソンをしてもよい、ウダツが上がらんでもよい。 一人ぼっちになっても、さびしくありません。 お聖教は死ぬまでかかって頂いて下さい。
有縁の方々へ あきら
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お寺のくらし





