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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

書庫仏教をカタル

サンガに参加!(下)

それでは次の問と回答とブロガーのつっこみについて


問い わたしは一寺院の住職です。それで、檀家にはよくお布施の心なんかを説きますし、実際に自坊の普請では寄付をお願いすることがあります。しかし実は、私自身は何につけても寄付することが嫌いで、慈善団体からの求めも路傍のボランティアも、まして乞食などにお金をあげることもしません。金銭欲はあまりないと思うのですが、こんなわたしは、僧侶失格でしょうか?


答え 私は、布施というのはコミュニケーションの触媒だと思ってます。そしてコミュニケーションこそ、私たち僧侶の仕事ではないでしょうか。仏様とのコミュニケーションは無論ですが、私たちは人々との交流の専門家なのだと思いたい。だってわたし個人が頂くんじゃないですし、使い道さえ工夫すればそれは世のためになるはずです。要は風のように入って出て行くだけで、われわれはその向きを少しだけ変えられるということです。



で、わたし

はい。僧侶失格です。すぐにやめて何かを生み出す仕事をしましょう。お坊さんが独身で清貧の生活をして、ホームレスの人などに食事を施したりしてるならいいですよ。でも、妻帯して子供もいて普通の人と変わんないじゃないですか。だったら、仕事なのかどうかあやふやなお坊さんなんか辞めちゃってちゃんと仕事しましょうよ。普通の社会人になりましょうよ。「檀家さんは、あなたたち家族を養うために大切なお金を納めてるわけじゃないですもん。」交流の専門家?ふざけないでください。「多くの僧侶の方々は、教理仏教を実践されていますか?葬祭仏教に成り下がっていませんか?わたしのお祖母ちゃんも、お父さんもお母さんも、なんっっっにも、教えを受けてないですよ。何にも知りませんよ、教義について。」ばかぁーーー(>_<… お金だけ取ってーーー

「 」はnazunaです


すいません。人事ながラ。で、切り替えしデス。わからないことが多くて推測するばかりになるかもしれませんが、ご容赦を。

とりあえず引用された質問や回答は意味不明ですね。同意します。聞いているほうも答えているほうも「ニセモノ」でしょう。何宗であれ伝統教団の僧侶でありえません。もしも、これが両者ホンモノであるならば、ブロガーに賛成。さっさと寺つぶして社会人になって働きなさい。

宗教法人は、現行の法律で規制されるところの存在です。お寺は、創価学会や立正佼成会とは違ってそのワクは後からかぶさってきたのであって、しきたりや仕組も既存のものとして歴史性を有してありました。だから布施=収入といわれるとすごく抵抗感があります、今でも。

私の宗派の場合は惣道場といいまして、「阿弥陀さまの救済によりブッダとなる」私であったと目覚めた人々が村や地域共同体単位に膨れ上がったときに、みんなで立てられた集会所がお寺です。したがって、「成仏決定」が絶対他力によりますので「信心決定」の上は、全てを「報恩行」と理解されます。

「このままの私が愚者往生する」ことに、何ものも要求されないという「もったいなさ」「ありがたさ」を、念仏する(称名といいます)ことで日暮の中で味わいつつ恩を感じていく生き方に、育てていただくわけです。

そういう尊さを共感し共有する場としての道場ですから、それを支え発展させていくのも「喜び」であり「報恩行」であるわけです。ただし「報恩行」であるということは、オススメであって義務でもなんでもない。それでも結果として、たくさんの道場(お寺)ができました。さらに、宗祖や善智識という、尊いみ教えを恵まれ維持し私に伝道してくださった方や組織にも、報恩の志をもち「奉仕活動」や「布施」などをしてきました。

発心して僧侶になり本願寺や組織の活動に邁進し、各地方の寺院の要請や課題解決に協力するタイプ。そして私のように、惣道場の「管理人」として道場に集う人々の中から委託されて、お寺へ居住し信者集団のリーダーたるべく日常に「仏教」や「浄土真宗」の学習を重ね、求められれば読経の導師をし説教することを期待されるタイプ。この両者が、私の教団の僧侶です。

道場主は一般の信者の代表ですから、もちろん肉食妻帯して家族もおります。同じみ仏を仰ぎ同じ信心をいただく身ですから一般の信者(当流では門徒といいますが)と僧侶になんら違いはありません。役割が違うだけです。ですから当流では、僧侶よりもストレートに教えを喜び体現された門徒も沢山いらっしゃいます。僧侶がお説教を聞きにいく一般人がいらっしゃるということです。これを染香人とか妙好人と経典の言葉をとって呼び慣わしております。

このようなことを、寺生まれは「入院患者」一般門徒は「通院患者」と例えます。いや、お寺に生まれるものは業が深いのでしょうね。そして、仏法に会う縁がなければ、寺育ちであろうがたとえ一旦僧侶になろうが(つまり職業としての僧侶です)、「縁なき衆生は度し難し」「無宿善のものに語るな」とおっしゃるように、生死流転していまうものもあるのです。もったいなく悲しいことですが。

寺も僧侶も「信心」が判断基準です。そして、多くの道場は「お仏所米」といいまして道場に集うメンバーが住職一族の食料保証をしてくださいます。それも仏様にさしあげてお下がりでいただくという習慣の中で。あくまでも「仏法繁盛」が主ですから、江戸期の古文書でも、そうでない寺族や僧侶が出たらクビになったり追放されます。

「 」の最初はしたがって残念ながら誤りです。檀家は檀那寺の僧侶の生活保障はしなくてはなりません。「教え」をキープし自分たちが受け取るために。で、受け取る気がないつまり仏教を学ぶきがないブッダの教えに関心がないなら、檀家を止めればいい。

さらに、お寺側や僧侶が要求しても「仏法」を説かない、あるいはどうも学んでそうにないなら、僧侶をクビにしたらいい。これは現行の宗教法人法で檀家であるならできます。なんならお教えしますが。


最後に「 」2については、長くなったので次で。
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