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私だけが知っている。情報を独占している。でもそれは、情報がないのと同じ。だって誰も知らないから。で… 「私だけが知っている情報があります」という情報を伝えなくてはなりません、まず。そして次に「その情報をあなただけに伝えます」とする。ここに情報の価値化がおきる。現代では、これが価格になる。 でも古代や中世でも同じです。文字情報を占有することで権力は成立しますし、神や仏とのコミュニケーション手段を言う情報を独占することで、「宗教者」もその地位を確保します。 しかし占有するだけでは情報は死滅します。人から人へとキープされねばならない。ここに情報の文字化とその管理、さらには情報を伝達されるべき人間の選別がおきる。中国の科挙もそうですし、日本の仏教の国立戒壇もそうなのです。 あるいは「古今伝授」という公家さんの生き残り法も、そうです。師資相承というスタイルで、情報の適度な寡占化と現代化が同時に可能になる。 あらゆる組織はこの適度な寡占化と配分の可能性で成立します。学校も会社も役所もお寺も同じです。 さてここに問題が。情報の寡占化と配分の可能性というのは、個対個で最も高価値で成立します。だからそこだけみると、組織に意味がないように思える。ところが、実は組織によって情報を守り情報保持者を保持し供給の仕組を作り出すことで、その個対個、つまり相承を可能にしているのです。 全く組織のない個人対個人で、口コミだけで相承は連続して成立しにくいのです。 いささか抽象的になりました。ここで具体に戻れば、親鸞さまの生活は同族の支えによって成り立ち、さらに門弟が生まれてからは、彼らの支えで成立していました。それらは、門弟の側からの志でした。面受による師資相承があった証拠を求めたがるのは弟子。親鸞さまは「弟子一人もたず候」と阿弥陀様の救済の中の「同朋」であり、念仏の「同行」という意識であられたが、求められるままに「名号」を書き与えることは名号下付となり、ソレに対する御礼という交換感覚になっていき、教えと等価交換になる。 現代でもお花やお茶の家元から切り紙をいただき社中が謝礼するという仕組で芸事の世界が経済的に成立するようにである。もちろん仕組があっても肝心の芸事が陳腐であったりニセモノであれば、情報価値がどんどん低下するのだから、その組織は枯れていく。 だから組織化が問題ではない。あくまで「個対個」の関係がキープされて情報の伝達共有が正確に行われるているか否かが大切なこと。 もちろん価値付けの現代化ということは絶えず起きるのであって、それは情報発信者の意図を裏切ったり変質させるかもしれない。親鸞様との対比で蓮如上人の俗性が批判されるのは、そういう評価であろう。 しかし蓮如上人は既に成立していた仏光寺教団や専修寺派等のもつ大衆教化の方法や、情報開示の法を教団利益誘導型からより大衆解放型へともちこんだことが、この10年くらいの研究で明らかになりつつある。組織者蓮如という五木寛之氏が喧伝した姿は多分にデマゴギーを含む。本願寺派寡占意識がはたらくあまり、歪められている。 たとえば現在のお寺にもある「聖徳太子信仰」は専修寺派が担っていたものであるし、あるいは師資相承を客観視し教えの正当性を保持する「絵系図・名帳」も、前住上人像図の掲載という習慣になって本願寺派の寺院荘厳に取り込まれている。仏光寺経豪(蓮郷)の本願寺派帰参が実は対等合併であったように、本願寺神話をはぎとり事実を古文書から眺めていくと、分裂し親鸞聖人の念仏があまりにも多様に解釈されてやせ細っていく事態に対して、再構成を図るというのがその志であったように思われる。また同時に、時代が組織の時代となり地域が「惣」として結合していく流れに乗ったと思われる。 それは、師資相承を密室化せずに公開したこと、積極的な名号下付と巡教。さらに御文の下付という新しいアイテムの創出を「惣中」の宗教的結合のコアとして利用させることで「親鸞教としての真宗」が「雑種自力な一向宗」を圧倒していく方向を生み出した。あくまでも、金森道西や赤尾の道宗のように、師資相承の個対個の人間関係をコアとして蓮如教団は成立していく。 それらが形式化し組織化するのはむしろ、近世後期から近代のことであるのだが。そのあたりはまた後日に。 釈尊の悟りが、呪術化したり儒教化したりあるいは儀式信仰になったり、人依存(教祖型)になったりしつつも、繰り返し本質追及が起きて贅肉がそぎ落とされていくように。nazunaは実は、現代2000年代は仏教における淘汰の時代であると思っている。 少しずつ矛盾を拡大しながら、ネオ仏教になっていくのだろうと予想している。
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仏教をカタル






