|
浄土真宗のお坊さんは「非僧非俗」であると、よく言いますし言われます。しかし、個々においてその理解と受け止めが違うのも現実です。 まず出挙(出典)を確かめましょう。歎異抄の流罪記録に、 '''親鸞、僧儀を改めて俗名を賜《たま》ふ。仍て、僧に非ず俗に非ず。然る間、「禿」の字を以て姓と為して、奏問を経られ畢んぬ。彼の御申状、今に外記の庁に納まると云々 流罪以後、「愚禿親鸞」と書かしめ給ふなり''' とあり、教行信証という御書物の記載からみても、親鸞さまご自身のお言葉なりご記録を、唯円が聞き取ったか書写したことは確実です。 そこで、非僧の意味が明らかになります。国立戒壇で受戒して国家公務員としての僧侶(出家と称しますが官僧なのでもちろんインドのサンガとは全く別物です)であった。それがシャバでの社会的自己像です。ところが、 後鳥羽院の御宇に法然聖人、他力本願念仏宗を興行す。時に興福寺の僧侶、敵奏の上、御弟子中、狼藉子細あるよし、無実風聞によりて罪科に處せらるる人數の事 一 法然聖人并びに御弟子七人流罪、又御弟子四人死罪にをこなはるるなり 聖人は土佐国 番田 といふ所へ流罪 罪名藤井元彦男 云々 生年七十六歳なり 親鸞は越後国 罪名藤井善信 云々 生年三十五歳なり (略) となった。社会的な立場は社会が認定する「罪科」によって消滅します。現代でいうところの懲役刑で前科がつくということです。ですから、社会的な意味では僧侶ではなくなった。排除されたということです。「僧に非ず」とはこういう意味ではないでしょうか。 もちろん「無実」という意識はお持ちである。ですから、「他力本願念仏宗(この時点ではまだ浄土の真宗と認識されていない)」の門徒であることはいささかの曇りもない。仏道に生かされるもの、阿弥陀仏の本願に生かされ救われて浄土往生しやがて仏となる身であるという、慶びを得ておられる。それが「俗に非ず」ということです。 「教行信証」の「ただ仏恩の深きことを慶び人倫の嘲りを恥ず」が、非僧非俗のパラフレーズだとも思います。 さてさてすると、真宗の僧侶・門徒は好きなように肉食妻帯していい。世間の富を追い駆け欲に溺れたって、最後は阿弥陀様が救ってくださるんだから気にしなくていい、という解釈がいかに自己肯定の勝手論であるかは、明らかです。仏教には煩悩の肯定はありませんから。 困ったことに、日本仏教史の末木先生までが天台本覚思想と言われる「何もしなくても仏性は宿っているから現状のまま全てを肯定していい」という考えが、「親鸞の悪人正機にある」とあちこちで書かれる。 この記録にあるように、親鸞さまのお味わいの中に「何もしなくてももともと私はブッダだ!だから必ず救われるのだ」というような論理や御味わいはかけらもありません。私はむしろ天台で本覚思想に影響されながら最もそれと真摯に格闘なさったのが祖師であると受け止めています。 「何もできない。なしえない」という絶望がそこにあるだけです。そしてそれは「何かを求めせずにはおれない自分(悪性さらに止み難し)」から出てくるものだと実感します。 門徒僧侶は役割分担。みなで集い仏教を学びあう空間としてのお寺を、「非僧非俗」は切り開いてくださったのも事実。知り合いにはこんなお寺もあります。TBでどうぞ。
|
お寺のくらし





読ませていただきました。非僧非俗が自己肯定の便利な言葉にしてしまっているのは、事実でしょうね。僕が思うに、そこに仏恩報謝という事を忘れてしまっているので、堕落につながるのではないかと思います。そのまま救われるのは、事実だと思います。今この私の生き様が認められるということが、救われたという実感になるのではないでしょうか。 つづく。
[ こうちゃん ]
2007/5/10(木) 午前 4:03
しかし、その時に、今のこの私の生き様をそのまま認めるために、仏様は、どれだけご苦労下さったかということを忘れていると、堕落になるのではないでしょうか。僧侶だけが非僧非俗ではなくて、僧侶も門徒も非僧非俗といえるのではないでしょうか。とりとめのない話でした。
[ こうちゃん ]
2007/5/10(木) 午前 4:03
kouchan44jpさん、ありがとうございました。真宗僧侶という社会的歴史的な位置というのは宙ぶらりんで難しいです。それゆえにお育てに預かるのであろうと納得もしているのでうが…。今後ともよろしくお願いします。
2007/5/10(木) 午後 7:41