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お盆になると、お寺はあれこれと忙しい。電車に乗ってると、「お盆はいそがしおまっしゃろ?」と話しかけられることも多い。 |
仏教をカタル
こんにちは、ゲストさん
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お盆になると、お寺はあれこれと忙しい。電車に乗ってると、「お盆はいそがしおまっしゃろ?」と話しかけられることも多い。 |
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欧米人は「死ねば仏」という観念自体が理解不能なのだそうです。日本人は、ごく当たり前だと思っている。不思議ですね。
2007/7/25(水) 午前 9:35
幼心に、お盆は仏さんを迎えると言う大前提に立った伝統的な一族の同窓会みたいなものでした。
従妹・兄弟が両親・祖父母を囲んで団欒の時を仏壇の間で持つ和やかさを思い出します。
京都ならでは子供も揃って大文字の送り火に手を合わす、また来年もね。お寺さんの読経、墓回向、仏さんのお膳、お供物それらみんなが一体になって亡き人が仏になって帰ってきたという事実に思えてました。思えば不思議、でも当たり前な行事でしたね。
2007/7/25(水) 午後 2:05
SINGLE40さん、死ねば仏、となっちゃったのはいつごろからなのだろう?誰か疑問をもたないのかいな?と課題が広がってます。
2007/7/27(金) 午前 9:47
KIRIYONさん。京都はやっぱり1千年の都です。お公家さんの文化だなあと感じます。
2007/7/27(金) 午前 9:49
このシリーズをあらためて拝読させていただいております。
人は死ねば仏になる。
本当は理解していないのかもしれませんが、受け入れている自分がここにいる。
不思議です。
2007/8/4(土) 午後 0:27
とくに現代人は死後の行き先を心配しない。自分のことで考えると、不確定なままに安心していることが不思議かつ怪しいと疑いをもたないのでしょうかねえ?AIKOさま。
2007/8/6(月) 午後 1:12
色々考えて、思いをめぐらせてみましたが、やっぱりよぉ〜わかりません。。。
ただ、だからこそ宗教があるようには思います。
仏さまにせよキリスト様etc.にせよ、愚かな大衆の甘えはご迷惑かとは思います。また、不思議で怪しく、疑いを持つべきなのでしょうが、、、
時には、信じて救われる人を、愚かさを思いながらもあたたかく見つめてくださっていると信じることだけで生きていられる時もあったりします。
鰯の頭、でもありませんが、それでもよくはありませんか?
2007/8/24(金) 午後 10:58
aikoさま、仰せのとおりですが、それこそ鰯の頭ではなくて「阿弥陀仏」のみに表現されてい「お慈悲」なのです。私が不思議なのは、全く仏法や信心(浄土真宗の用語で、仏様の仰せのままにおまかせすること)を意識しないが、死んだらしまいではなく「天国」や「極楽」に行ったと言える根拠なのです。
2007/8/27(月) 午前 9:27
私の場合は、思うに、やはり幼い頃のすり込みがあるんでしょうねぇ。疑うことを知らない無垢な心への、大好きな祖父母やぼんさんのすり込み。。。
ただ、これがもし無かったとしても、きっと、そう思いこむことを、楽に生きる術にしていたかもしれません。。。
2007/8/27(月) 午後 1:00