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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

書庫仏教をカタル

『街場の中国論』内田樹先生。著者サイン入りだぞ!!!なんて、自慢するつもりでなく、要約引用。

いえね。日中の非難合戦を聞いていて、これは健全とおっしゃる内田先生の慧眼に感服しましてね。

互いに互いのかかわりや歴史事実を話題にできることに、既に選択があるという事実の指摘にはっとさせられたのです。歴史事実というのは「指摘できない事情があれば事実化されない」ということ。



ああ、そうか。とnazunaは、わが事に引き寄せて理解した。少なくとも死後の世界を含んで論理化(説明可能状態)しようと急迫した「国家神道」が、敗戦で破綻したと思われたのに、なぜ「靖国」は生き延びたのかが、また1つ理解できたのですねえ。


「死ねば仏(ほとけ)」観が前面にでてきた、ということは論理的な死後を含む体系を必要としない思想状況であるということ(念のため)、のも納得。

原爆で空襲で焼かれて死んでいった私の祖父母や同胞たちは、アメリカに殺されたのである。だから広島でも「安らかに眠ってください、必ず仇は討ちますから」となるのが自然。でもそのアメリカに統治されそのアメリカに食料や経済の援助を受け、そのアメリカと同盟国という選択をしたのが私たち。


だから、その歴史事実は抑圧され心理の奥にしまわれ封印される。指摘されなければ歴史事実にはならないし歴史問題にならない。久間氏が予想外に厳しい批判にさらされ辞職したとき、数ヶ月前まで北朝鮮問題にかかわって勇ましく「日本核武装論」をぶちあげていた、ジャーナリストや学者が一斉に口をつぐんで久間氏を弁護しなかったことを思う。


個人の記憶も利害によって変形する。大事なのは今を生きることだから。沖縄の基地問題もそうである。
敗戦で無念の死、予想外の死をとげたものは、怨霊になるのが必然である。アメリカに祟りそのアメリカにへいこらする子孫に祟るのが当たり前である。


しかし、それでは戦後日本は一歩も動けないのである。だから…

「死ねば皆、仏」がいいのである。さらに、「靖国」のように怨霊を英霊にする装置があればもっといい。中国や韓国が「靖国」に文句をつけるが、アメリカがA級戦犯を祭ろうが大東亜史観がはびころうがいっこうに抗議もせず、むしろ傍観してどうぞどうぞと勧めているようなのも、ここに理由がある。アメリカへの怨念が封じ込まれるのだから。

阿久悠氏となかにし礼氏の作詞姿勢にも通ずる話であるが、それはまた別のお話…。

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    昭和の星でありましょう、合掌

    hay**u2020

    2007/8/4(土) 午前 9:43

  • なるほど。。モヤモヤしてた物はこれだったのかも、そうかぁ。。
    アメリカに対する思いは何か屈折してねじくれている日本人。
    ツゴウ良かったんですね、この世の罪人を
    あの世にまで糾弾しない思想が日本の風土にあったもんだから。
    今をうまく生きるためにねじってしまった根底にあるもの。
    不思議な自分の感情が腑に落ちました。

    kiriyon

    2007/8/4(土) 午前 11:23

  • 顔アイコン

    ううむ。なるほどねえ。納得。「怨霊」を「英霊」に換える装置って、そのものですね。

    single40

    2007/8/4(土) 午後 1:27

nazuna
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