|
いよいよあと2時間で終わる今年。
で、マイベストの作品について一言書いておきたい。が、その前に。
お医者さんである海堂尊さんの一連の作品。「チームバチスタの栄光」2006は暮れにかけて文庫にもなったので、たぶん手に入り易くなってます。続篇の「ナイチンゲールの沈黙」、今年は「螺鈿迷宮」「ジェネラルルージュの凱旋」「ブラックペアン1988」と作品を次々発表されました。
今年のものでは、「ブラックペアン1988」に感動しました。ベスト2位です。
ただ、「ジェネラルルージュの凱旋」内で重要な役割を果たすAI検査(死亡時スキャン)について、海堂さん自身が厚生省と現在もやり取りしている重要な医学問題であって、それはノンフィクションである「死因不明社会」講談社ブルーバックスに詳しい。
バチスタは映画になっている(2008年2月封切り)ので、そちらも楽しみです。
さてさて、ベストは、宮部みゆきさんの「楽園」です。「模倣犯」の前畑滋子が軸の物語なのです。そしてそれは多くの人の死にかかわった人間がそれからどう生きるのかという、具体的な犯罪現場を磁場とした人々の内面を照射する作品です。
住職が涙チョチョ切れたのは、交通事故死した息子のことを前畑に調べて欲しいという、母親のセリフです。
「先生、わたしには難しいことはわかりません。けども、わたしーバカな母親だとお思いでしょうけれども、等のこと、まだ思いだしていたいです。いろいろ思い出していたいです。」
「わたし、今でも等のこと、よく話すんですよ、スーパーでも話しますし、近所の人との立ち話でも、ついつい口に出しちゃうんです。皆さん、聞いてくださいます。でもね先生、やっぱりそれは死んだ子の歳を数えることで、皆さん、顔にそう書いてあるんですよ。ああ気の毒だなぁ、だけどしょうがないよなぁって。今はまだそれでもよくってもね。日が経つと、わたしだんだん、パート先や近所の皆さんの迷惑になるんでしょう。けども先生、わたしまだ、等のことを思い出すの、やめられないんです。ずっとやめられないです。」
実は、この萩谷敏子の造型としては、このセリフは言い過ぎであると思う(敏子の生い立ちと生活感から言えば)。だけど、それを超えて打つものが迸りでているのであって、それは20062007の子どもが被害者となる事件報道の中で、子を喪う親の心と宮部さんがシンクロし響きあっているフレーズであると、住職にはそう読めたのである。
今年も、何人ものお葬儀にかかわり親を喪い子を喪う人と時間を共にしてきた。いいじゃないかバカでも。喪う痛みを知らない強者の社会よりも、喪う痛みのひきずりながら同感し合う社会を、私は選ぶ。
浄土真宗は阿弥陀さまのお慈悲を受ける宗旨である。迷い悩み苦しむものを、ほっておけないはたらきを受けて生きる、生かされていく。
しかし、そのはたらきを実感しあるいは出会うことは「難中の難、これに過ぎたるは無し」とおっしゃるのだから、阿弥陀様の流された涙の数だけ私たちも悲しみを背負うべきなのかもしれません。
もし、あなたの今年が、迷い嘆き悲しみ多き一年であったとしたら、それは不幸ではありません。いつかあなたは、あのとき共に泣いていてくださった人がいた、悲しみのまま抱きしめてくださるはたらきがあったと味わえるときがあります。
「楽園」。ネタばれになるのでストーリーその他は敢えて紹介しません。住職は読了するまで、何度も途中で手を止め、様々な思いにふけりました。それは作品との対話であり、また宮部さんとのシンクロでもありました。オススメです。
|
「楽園」未読なのです。さっそく読んでみます。「模倣犯」を読んだとき、あまりにもつらくて、なんだか次作に手が伸びなくなっていたもんですから。
2008/1/7(月) 午後 6:14
お元気そうでなによりです。模倣犯をダークサイド、B面とすれば今回はA面にあたる気がします。いづれにせよ、子どもの無用な死や犯罪へのやりきれない思いを、共有したいと思います。
2008/1/14(月) 午後 11:00