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170cmに満たない身長でFWとしてトップ下としてずっと光輝いてきた君。 40年前に中学陸上のブロックでnazunaが全力疾走して400mの自己新を記録したあのトラックの中のピッチで、同じようにいつもぶっ倒れる寸前までプレイする君にどれだけの勇気をもらったか。 15歳でヤンマーファンになり当時、数えられるくらいの観客しかいない日本リーグの試合に声を振り絞ったのは、自身がバレーボールという肉体差が即実力差になってしまう球技を選んでしまい170cmのスパイカーであったことと無縁ではない。 それからnazunaは大型のポストプレーをするFWではなく、常に俊敏性(キレとスピード)を武器とするプレイヤーを愛し、魅かれ続けてきたわけで。 お寺や学校の仕事に追われていつしかサッカーから遠ざかっていたのだけれど。 久し振りの長居での日本代表戦(97年6月)対トルコ戦で何十年ぶりのスタジアム。美しい緑のピッチの中でのゴール! その躍動美。その運動量。そのひたむきさ。そこに森島寛晃がいた! それからセレッソファンになり森島・西沢コンビに何度も歓喜の声をあげ、そしてそしてあのワールドカップのチュニジア戦の歓喜のゴールを迎える。 涙はもっといっぱいだ。2000年の最終戦。手の中にあったステージ優勝が逃げて行ったとき。2001、2003、2005の天皇杯決勝。そしてJ2降格。 スタジアムでテレビの前で、そして大型ビューで。何度叫んだことだろう。 モリシ、モリシ、モ、リ、シ、マ! モリシ、モリシ、モ、リ、シ、マ! サッカーをもう一度好きにしてくれたプレイヤー、森島寛晃。 2008年10月30日引退。お疲れ様。そして沢山の感動をありがとう。今度はピッチの外から日本サッカーを支えてください。最後にもう一度 |
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