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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

書庫住職、涙チョチョ切れる

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(写真は 傳・親鸞聖人母君吉光尼「毛の名号」。お剃刀されたときの毛を張り付けて作った名号であるそうな。)

さすがは天下の岩波書店。日本の「知的水準」はワシらが仕事!という気概ぷんぷんの、メールをいただきました。

さてさて。


他力本願=阿弥陀仏の本願。また、衆生がそれに頼って成仏を願うこと

という『広辞苑』の説明。ここを担当者の回答は、

「衆生がそれ(阿弥陀の本願)に頼って成仏を願う。」という意味で、理解していただければ
有り難いのですが、文末に「こと」を使って名詞化されたところから、意味が異なってしまったと思われます。たしかに衆生の願を意味していると取れる表現かもしれません。

そのような意味では、誤解をまねく表現かもしれず、申し訳なく存じます。

というものでした。

どうでしょう??木曜どうでしょう??ちがうか!

私の国語力では不可解でした。「名詞化された」「思われ」「〜かもしれません」というところから、編集の名において「責任ある記述なのだよ、ワトソンくん。」という気概が、ぷんぷんするでしょ。

ええ?はい。皮肉です。ことに「名詞化された」には失笑しました。だって記述責任者が「された」というのは、「ワタシは書いてませんよ。ええ、ちゃう人がそういう紛らわしい書き方したんです」という姿勢がありありでしょ。

岩波さんのおっしゃる通りに読めば、「衆生が願う」のですから、他力本願=阿弥陀仏の願い・衆生の願い、という説明になって、辞書を引いたものは?????です。

で、「誤解を招く表現であるかもしれず」です。ねえ。ここの「誤解」は、自分たちの意図とは違う読み取りを生むということでしょうねえ。でも「申し訳ない」とおっしゃるので、誤りを全面的に認識されたことになり、文章が支離滅裂なんです。


こちらはその意図そのものが、仏教語としての解説では100%誤りである、と申しているのですが?

(続)

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