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今回の騒動の中で、焦点になている予算が2つある。
1つは、府が単費保障していた「就学援助」費。これが財政再建案ではバッサリ0シーリングされた。これについてはねばり強い批判と運動が、生徒さん自身の手で生まれた。それは日本という国にある種恩恵のように存在させられていた、中国からの帰国者とその家族たちにも、「主張してもいいのだ」⇒「主張すべきだ」と、大きな変化を与えた。
結果として来年度は5割削減にとどめさらには、議論の中で、「本来国家が保障すべきことを府は肩代わりしない」「法的に市町村の専任事項は市町村で」という流れに、生徒自身が居住地で陳情することができた。
しかし、もう一つ問題があり、それが給食補食費である。これは学校設置市町村の専任事項であるから、それぞれの設置市によって、大幅な違いが出る可能性が生まれた。
で、当該M市はというと
予算0
びっくり!!!! 議会では来年度予算の検討にかかっているわけであるが、教育予算は市長部局と委員会との折衝から始まる。従来、全生徒に保障してきた「捕食」を来年からはするつもりはない、という意味である。
2月中旬。それをいきなり、「校長への通達」という形でよこした。一切の説明もエクスキューズもない。
もちろん政策としての是非、市予算や教育予算の中で検討課題にすることは理解できる。しかし、「見直し」をするのならば、「見直したい」という前提、つまり前年まであるいは従来のいきさつを反古にするような事態をきちんと説明し、さらにはその議論に当事者である生徒の意見が反映されるような措置も必要であろう。地方自治とはそういうことだ。それらの手続きを一切とばして、シーリング0とは。
年輩者が多い「夜間中学」であるが、仕事を終えてたどりつく「なか」もまた多いのである。もちろん非識字者であるから、仕事は現場仕事が中心。疲れた肉体と空腹で学校に辿り着く。「給食があると思うと安心して通学できますねん」とは今年からこられたIさん。
親戚の家で育てられた彼は、「タカノマサオさんと全くおんなじ心の状態での青春期やった」と言う。「1つまちがえたら、どうなってたかわからん」とも。
くりかえすが政策レベルの妥当性は、しかるべく手続きの中できちんと議論されるべきだ。その形跡もない。あったとしても民主的に公開されていない。ただ結果として、予算0です。と通告されたのみだ。
そして、「なぜだ」と思えて、それを説明してほしいという、生徒たちの考えと要求こそ、「夜間中学の学び」の中で、彼らがつかみとってきた「学力」ではないのか。
政治に最も縁遠く捨て去られた人生から、自分のことを話し訴えて政策の是非を問うという「直接民主主義」的な自立。
そういう事態に、教員はどのような態度と行動をとるのか???
生徒の目は見ている。「先生、あなたはどちらの立ち場に立たれるのですか」と。
さて、全国の皆さんも検討してみてほしい。ちなみに補食費はおよそ300〜350万。金銭の問題なのか捕食制度が不要というのか、それすら提示はないのである。
さらにつけたせば、大阪市・豊中市・東大阪市は予算計上されていると聞くが。
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