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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

書庫住職、涙チョチョ切れる

伯母の往生

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昨年、便通が悪いということで入院検査手術となった伯母であった。

結果は、「大腸ガン」でそれ自体が転位であったようで、原発も不明のまま、幹部切除と、本人が嫌がったので〈人工肛門〉によらない便通の確保という手術であった。

本人は天真爛漫の人であったので「治った」と快気祝いも配り、日常生活に復帰していたのであるが、家族はドクターから「余命1〜2ヵ月」と告知されていた。

大野記念病院のN医師は、入院生活の間に患者の気性を見抜かれてか、非告知という方針をとられた。以来、普通に日暮しをしつつ、調子が悪くなると入院治療を数度繰り返したが、伯母は「ワタシの医龍」とドクターの仰せのままに生きた。

曰く、「元気のでる薬をいれましょう(抗がん剤)」「便通を確保できるように体調を管理するシールです(痛みを緩和するモルヒネシール)」等々。

家族の方が、「予防薬、といって抗がん剤を飲んでいても、ほんまに病名に気がついてないんやろか???」と首をかしげるほどに、本人は治っているというふるまいであった。

おかげさまで、一年生かされ、しかも「永代経」「報恩講」「歓喜会コンサート」「彼岸寄席」とお寺の行事はほとんど参加できたし、毎土曜の朝事にも参加できた。

往生した4月17日の翌日の朝事に参拝されて、初めて事の次第を知った同行が、まだ納棺前の伯母と対面してくださり、共にお勤めをできたことも、不思議なご縁であった。以下は、葬儀にかかわる挨拶状である。事情のある人で、帰敬式受けそびれて間に合わなかったので、家族の葬儀とし喪主は母にした。

御会葬御礼
 このたびは、壽蓮院釋妙幸の通夜葬儀にあたり、様々なご縁に依ってご参集いただき誠にありがとうございます。姉は昨年来、病縁により数度の入退院をしつつも、大野記念病院のドクター、看護師の方々のお力添えで臨終に至る道を多くの喜びをもって送らせていただきました。八十余年の娑婆暮らしは、必ずしも順風満帆とは言えませんでしたが、好きな人形制作に華道・舞踊等にいそしみつつ、生まれ育ったお寺にて如来のお慈悲に抱かれ朗らかに日々をおくり、父母・兄がはたらくお浄土へ往生いたしました。
 
「無明長夜の燈炬なり  智眼くらしとかなしむな
  生死大海の船筏なり  罪障おもしとなげかざれ」

 末の妹として、頼りの姉との別れの涙は乾くことはございませんが、親鸞聖人のおさとしのごとく、そのような愚かな者こそが目当てであるという「大悲」を、皆さまとともに味わわせていただく次第です。ここに姉に賜りました皆様方とのご縁を深く感謝し、厚く御礼を申し上げます。

都会では信心も何もくちゃくちゃな状況があるので、「門徒葬儀」というスタイルを敢えて言あげして行っているのであるが、臨終⇒仮通夜⇒納棺⇒通夜・夜伽⇒出棺葬儀⇒火屋⇒収骨⇒還骨、を宗門規定にしたがってきっちりと営ませていただいた。

そして、人がいなくなるのが嫌いなガブリエラは、中陰台の前で今日もたたずむのである…。合掌。

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    伯母様は、還相の菩薩様になられて、阿弥陀様と同じ働きをされるんですね、私もお浄土へ還ると還相の菩薩になれると信じています。
    お浄土へ往かれた旁々のおかげさまでこの身があることに感謝致します

    [ - ]

    2009/4/26(日) 午後 1:14

  • 伯母様のご冥福を、謹んでお祈り申し上げます。

    末期がんの患者さんが自分で病名をさとりつつ、もしかしたら違うかもしれないという寸部の望みを抱いて、前向きな闘病生活を送る。医師にとっては告知が安全かつ簡単な選択なのでしょうが、あえて告げないという選択をしてくださった医師に感謝ですね。

    年を重ねる毎に、死に接する機会が増え、否応なしに生死について、思い、考えないわけにはいかなくなりました。老いてこそ天真爛漫でありたいと思うものの、なかなかうまくはいきません(苦笑)

    鈴木藍子

    2009/4/26(日) 午後 9:48

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    隆珠さま、aikoさま
    御訪問、感謝です。私たち仏教を教えられるものは、老病死を当たり前のこととして受け入れられる論理が真実であると、次第に導かれていきます。
    もちろん私どもの実感はどこまでいっても、受け入れるもんかというものですが(笑)。その狭間での選択ということになりましょうが、ゴールが明確であると今が明るいのです。そういう有り様がドクターとシンクロしたのが、いいお出会いであったと思われます。

    nazuna

    2009/4/27(月) 午前 0:43

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    こんばんは。改めまして、謹んで念仏申し上げるばかりであります。挨拶文には感銘致しました。そして何よりも、宗門の葬儀規範に従って一連の流れをなさったとか、何かにつけて略用となる昨今、尊いことと思います。

    Rev.Ren'oh

    2009/4/29(水) 午後 8:24

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    拙寺は、「家族葬」という葬儀の規模からの発想である葬儀よりも、「門徒葬」の復活を目指しています。真宗の立場で申せば、全ての習俗を縁として、念仏のみ教えに出会い念仏者と育ててくださる弥陀の計らいでありますから、全てそのような理由づけでのみ行っております。

    nazuna

    2009/4/30(木) 午前 0:24

  • 信仰心、見ない世界への畏敬、今は亡くなった人を通じてしか
    感じられませんが、その儀式すらドンドン簡略化されていきますね。
    心があればよいと思う反面、それでは後世に伝える物がなくなると思ってしまいます。

    kiriyon

    2009/5/1(金) 午後 1:00

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    「色即是空」でありますが、「空即是色」でもある。私たちの五感でとらえられることからしか、真実には出会えないのです。したがって、儀式や習俗はできるかぎりそのお云われをたどって、本来の意義を学ぶとともに継続させることが大事です。文化とはそういうものですね。

    nazuna

    2009/5/1(金) 午後 2:36

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