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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

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この日の ご讃嘆は、足利孝之師。父の法友にして、雑誌「仏と人」の同人である。nazunaが学生時代に、壽光寺での集会(といっても飲み会であったが)で、梯実圓師(現勧学)、直海先生、森正隆師、渓間秀典師、そして高田慈昭師(現司教)らと、教団の未来や真宗のお味わいを交流なさっていた姿が、記憶に新しい。私の教師習禮の師であり、「説教」の師である。そして、父の通夜布教もお願いした。また、得度した娘もお世話になったので、三代のご縁である。


この日は、真宗念仏者の品格のお話。最近の取材〈毎日新聞・週刊ポスト)のことから、後段は、司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」がHNKでドラマになることから、「乃木希典の一生」のお話へ。そういえば、この間、大谷本廟の司馬さんのお墓にお参りしたなあと思いだす。

毎日の記事は以下、

特集ワイド:裁判員制度を前に ある「教誨師」の四半世紀−−住職・足利孝之さん
 ◇もう一人のおくりびと 死刑囚の声に耳を傾けて

「教誨師」として、住職、足利孝之さん(78)は、裁きを受けた死刑囚とひざを突き合わせ、耳を傾け続けた。受刑者の罪の深さや苦悩に向き合い、時に死刑囚を刑場で見送った。凶悪事件の被告を裁く裁判員制度が始まるのを前に、その25年を回顧する。【鈴木梢】

7センチというたばこの長さが、残された人生の時間だと感じたという。拘置所長から手渡された両切りのピースの先が息を吸い込むたび赤く燃え、灰がポトリ、ポトリと落ちた。

 「さあ、いこか」

 受刑者を教え諭す大阪拘置所の教誨師を務めた安養寺(兵庫県尼崎市)の住職、足利さんにとって、死刑執行に立ち会う最初の瞬間だった。27歳の男性死刑囚は、強盗に入った民家で騒いだ家族を殺害、心中を図って共謀の愛人の命も奪った。

 拘置所内の1畳半の個室。教戒に看守は立ち会わず、背後で施錠する音だけがする。そして、2人きりで向かい合う。「職員が聞いているわけではないから、本当のことを言う。教誨師は黙って聞いてくれる。それは、大きな安らぎだと思います」。週に2回通うにつれ、男は語り始めた。

 父を知らない男は生後間もなく母に捨てられ、祖母を母と信じて育ったという。だが、学校で消しゴムを盗んだと疑われ、投げた石が同級生の目に当たった。その母がかまを手に押しかけてきた。「おまえの家のててなし子出せ」。男は捨て鉢になった。やがて麻薬の密売に手を染めた。

 1審で死刑判決を受け、「私が許される世界は死しかない」と控訴しなかった。「何度も話して、態度は変わっていきました」。安養寺には、今も男から贈られた手形がある。そこには、執行前の境地がつづられている。

 <この手は小さいころお母さんのお乳をつかんだ手 お母さん(祖母)の白髪を抜いてあげた手 ある時は人を殺した手 今この手は朝な夕な歎異抄を点訳した手>

 執行は3日前に通知された。最後の日のお別れ会。奥に仏壇がある講堂で、受刑者、職員の家族ら200人が集まった。男は浄土真宗の教えで人間のはかなさを諭した「白骨の御文章」を自ら拝読することを望んだ。

 <それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、おほよそはかなきものは、この世の始中終、まぼろしのごとくなる一期なり>

 「はい、はい」とうなずきながら、かみ締める蓮如の言葉。足利さんは言う。「私たちは宗教家として人の死を説きおるが、本当の世界は自分自身の中にあるんですね」

 男は居室を掃除し「布団さまもぞうきんさまもさようなら」と頭を深く下げた。廊下を黙って歩くと、窓から桜が見える。「きれいですね」。男のつぶやきに、足利さんは、良寛の作ともされる「散る桜 残る桜も 散る桜」を思い起こした。見送りに来た6人ほどの死刑囚と1人ずつ握手し、こう言い残した。「いずれかあの世でお会いしますが、あなたたちはなるべくゆっくりきてください」

 足利さんは高く厚い塀の外に戻ると、叫びたい衝動に駆られた。「みなさん、今日ひとりの命が失われたのですよ!」。人の波、車の列、いつもの町並みに吹く風に無常を感じたことだろう。

 受刑者への教戒は明治初期、岐阜監獄で始まった。仏教やキリスト教、ほとんどの宗教家がかかわった。安養寺は教戒に熱心な浄土真宗の本願寺派だったことから、少年院の教官経験もあった足利さんは66年、大阪拘置所に派遣された。万博前の日本は高度成長期に向かっていた。足利さんは、毎年5人ほど、60歳で退くまで30人以上の死刑囚とかかわった。拘置所内の仏間で読経し、浄土はあるかないかなど、説法をする。すでに亡くなった死刑囚の弔いもした。

 ただ囲碁の相手を望む男性死刑囚もいた。自分が働いていた立ち飲み屋に押し入り、経営者夫婦とその母を殺害、売上金を奪った。事件で会社を首になった父は、最後の面会に行かなかった。

 だが、母は違った。最期に着る白装束に香をたき、両襟に母子の名前を書いた。「お前ひとりで死ぬんじゃないよ」。母は仕切られた金網の下に小指を入れ、「母ちゃんの手を握れ。分かってるな、この次も母ちゃんの子に生まれて来いよ」と叫んだ。息子は「私が殺した人の子どもにもし会うことがあったら、本当に心の底からわびて13階段を上がって行ったと伝えてくれ」と母に託した。

 「母親は仕切りの向こうに入って抱いてやりたかったんでしょう。相手は国家ですから、どうにもならない。息子も今度は親孝行するとも言った。それが救いなんです」

 足利さんは拘置所の中で、見てきた。宗教教戒を受けない人、仏教書をすり切れるまで読む人、怒鳴って暴れまわる人、精神的に病んでいる人。拘置所生活が長くなると、ほかの受刑者に来た手紙や面会に嫉妬(しっと)したり、争いが絶えない。食事にフケを入れたり、嫌がらせもする。

 「犯した罪はそれはむごいですよ、本当に悪い人間もいます。自分は悪くないと言い続ける人間もいれば、本当にすまないと思う人間もいる。兄への復讐(ふくしゅう)心から5人を殺害し、線香一本手向けない人もいたと聞きました。でも、最期は自分を救ってくれる阿弥陀さんにお礼をしたいと南無阿弥陀仏と10回唱えたそうです。随分教えられましたよ、死ばかり見つめとる人たちですから。我々以上に宗教的情操を深めた人もいる」

 事件の真偽にかかわることのない足利さんにただ無実を語り、のちに実際、逆転無罪となった人もいた。25年間には、自らが処刑台に立つ悪夢にうなされ、叫びながら目を覚ましたこともある。「助けてくれ」と。

 教誨師−−。受刑者にとっての教えは更生の機会となるが、死刑囚には意味を成さない。「仏の慈悲を伝えるってことです、死刑囚はもう改心させる時期ではないから。ああ、それは、つらいですよ。おれは死ぬしか許されないんだ、そういう心境にまで立ち至らせなければならない」 ―略

さらには、週刊ポストも足利師を取材した。
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これは、当日参加者に配布させていただいた。文中の白骨の御文章、足利バージョンを最後にかかげておく。
人間の浮草のような姿をよくよく見ますと、おおよそはかないものは、この世の始めと終わり、まぼろしのような一生です。いまだに、万年も千年も生きたということを聞いたことはなく、一生は早く終わります。今でも、100年生きることは大変難しく、人が先か、私が先か、今日か明日かはわかり ませんが、先立って行く人は、朝落ちた露よりも、激しいことです。
ですから、朝は元気な顔をしていても、晩には物言わぬ顔となります。無常の風が吹いてきたら、二つのまなこ閉じます。一つの息長く絶えます。その時に元気な顔も変わり、桃やあんずのような美しい肌も、その姿を失った時に、親類や身内のものが集まって、どれだけ泣こうと、悲しもうと、もう元には戻りません。やむをえませんので、葬式をして、朝行って見れば、残っているのは白骨だけであります。このことを、人間の知性や教養や学問で考えても永久に解決しません。ですから、人間のはかないことは、年をとった、若いという定めはございませんので、どなたも早く、まさかという、生死の問題を心にかけて、阿弥陀さまにおまかせして、念仏申しながら、この一生を全うして下さい。あなかしこ。あなかしこ。
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それ、人間の浮生(ふしょう)なる相(そう)をつらつら観ずるに、おほよそはかなきものはこの世の始中終(しちゅうじゅう)、まぼろしのごとくなる一期(いちご)なり。されば いまだ万歳(まんざい)の人身(にんじん)をうけたりといふことをきかず、一生過ぎやすし。いまにいたりてたれか百年の形体(ぎょうたい)をたもつべきや、われや先、人や先 、今日とも知らず、明日ともしらず、おくれさきだつ人はもとのしづくすえの露よりもしげしといへり。さればあしたには紅顔(こうがん)ありて、夕(ゆうべ)には白骨となれ る身なり。すでに無常の風きたりぬれば、すなはちふたつのまなこたちまちに閉(と)ぢ、ひとつの息ながくたえぬれば、紅顔むなしく変じて桃(とう)李(り)のよそほひを失ひ ぬるときは、六親(ろくしん)眷族(けんぞく)あつまりてなげきかなしめども、さらにその甲斐あるべからず。さてしもあるべきことならねばとて野外におくりて夜半(よわ)の煙となしはてぬれば、ただ白骨のみぞのこれり。あはれといふもなかなかおろかなり。されば人間のはかなきことは老少(ろうしょう)不定(ふじょう)のさかひなれば、たれの 人もはやく後生(ごしょう)の一大事(いちだいじ)を心にかけて、阿弥陀仏をふかくたのみまいらせて、念仏申すべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。

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    私は、死刑存置論なんですが、しかし、死刑を望むというのは、実は大変難しいと思いますね。自分が裁判員になったら、日頃の主張とはまったく違う判断をする可能性だって、実は大いにあるわけです。趣旨一貫しない情けない人間になるわけですが、そりゃ仕方がないでしょう。
    で、みんなが腰抜けだと、結果、死刑は事実上廃止となるわけですよ(苦笑)そんなオチになれば、それはそれでいいじゃないか、などと思っているエーカゲンな男なんですなあ。

    single40

    2009/6/18(木) 午後 5:41

  • 自ら死を望む、たくさんの幼い命を奪った死刑囚を思い浮かべ、死刑廃止もよかろう、終身禁固、、、死刑よりも生かし続けるもっとむごい罰があってよいと思っておりました。。。
    しかし、母としてこの問題に向き合えば、何も言葉がありません。

    ・・・涙、止まらなくなりました。。。

    鈴木藍子

    2009/6/18(木) 午後 8:11

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    single40さま
    裁判員制度がいよいよ始まっているわけで。ヒトが人の罪を量る。そしてまた、それにつりあう刑罰を諮る。これは、社会主義的な制度だと思うんですね。ある状況である人が、法にふれる行為をしたか否かを、判断するのは、社会の規範の再生産ですから、必要なことであろうと思います。ですが、量刑は国家意思です。大島の名作「絞首刑」をいま一度、見返したい気持ちになりました。

    nazuna

    2009/6/18(木) 午後 11:13

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    aikoさま

    母であり続けてください。昔、実空ひばりさんが「弟が犯罪者(ヤクザ)なので、紅白出場を辞退してください」とNHKに頼まれたときに、受けられなかった。「それならNHkのほうで私をパージしなさい」と。「世界みんなが敵になっても、私は弟を守りますから」

    ええですなあ。「いっしょに墜ちる」という覚悟。これが、御慈悲でありましょう。母はそうだから母であります(ちょっぴりオッサンンの願望が入っております)。

    nazuna

    2009/6/18(木) 午後 11:19

  • 思うに、凶悪事件をおこしてしまった方の境遇に目をやれば、本来、無条件にその人を受け入れて、一緒に堕ちるはずだった母の存在が欠落しているケースが多く見受けられます。そもそも、そこが不幸の始まりで、罪の根っこなのかもしれませんねぇ。罪は罪としても、これを誰が責められるのか。。。
    社会の秩序は大切で、ルールはルール、量刑も必要でしょう。ただ、責めに見合う救いがあって欲しいと祈るばかりです。
    お母さんの「ゴメンネ。」のひと言、近くにありそうで、時には一番遠い言葉であるように思いますから。

    鈴木藍子

    2009/6/19(金) 午後 0:24

  • お昼休みに開けたばっかりに・・・
    涙と鼻汁でひどい事になってしまってますが、
    藍子さんと同様に責められるべきは、
    その命を愛うしむべき者の無情さですね。
    若き日に誰かもう一人大事にしてくれる情有る人に出会っていたなら
    人生が全く変っていたでしょうに。。
    命を守るには命を掛けてくれる人が要りますね。
    母以外、中々ないものでしょうが・・・。

    kiriyon

    2009/6/25(木) 午後 0:57

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    法は社会のきまりです。そして、そこで肉体を持って生きる以上は、法にしたがう。人間はそうして個人の感情を放棄し、引き換えに「秩序」を手に入れたのです。

    しかししかし。社会秩序なんぞない時代から宗教はあり、人間は生きていた。だから、ときどき原初の感情と社会秩序維持は矛盾する。

    矛盾するままに、包んでくださるのがアミダさま。

    nazuna

    2009/6/25(木) 午後 11:30

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    突然の書き込み失礼致します。
    恐れ多いことですが、この足利孝之さまにお会いする、またはお話を聞くことは、現在は可能でしょうか?

    [ okameっこ ]

    2012/5/9(水) 午後 6:28

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    さとみさま
    はい。関西一円で説教して回っておられます。当寺には毎年、6月12日のお昼に二席のお説教を賜ります。

    nazuna

    2012/5/9(水) 午後 11:31

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    ありがとうございました。関東在住なので、なかなか行けそうにはありませんが、お話きける機会があれば・・・と思います。

    [ okameっこ ]

    2012/5/10(木) 午後 0:44

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    さとみさま
    関東でお話になられる御縁もありますので、6月にお聞きしてこの欄でお知らせしましょう。

    nazuna

    2012/5/10(木) 午後 1:45

  • 顔アイコン

    大変有難うございます。是非聞きに行かせていただきたいお思い増す。

    [ okameっこ ]

    2012/5/13(日) 午後 0:41

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