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お盆にあたって、私たち浄土真宗が「歓喜会(かんぎえ)」と申す訳を、お話します。 お盆は「盂蘭盆」という仏教の考えが、日本古来の精霊会と結合してできた、神仏習合的な行事です。古代の朝廷では、先祖の霊をほめなぐさめるのに、「仏さま」と祭りあげることを行いました。明治維新までは「神さまの上位の概念として仏さま」と、天皇家でも容認されていたものです。 しかし、これそのものも歴史の中で生みだされたものです。もともとは、海山の自然のはたらきを「精霊のしわざ」と受け止める感性のもとに、自然の中で生かされる喜びを感謝祭として行われたものです。これは世界中どこの地域にもある最も古くかつ伝統的な信仰です。 特に、日本書記や古事記によりますと、大陸からはじきだされたり或いは海流にのって南の島々からたどりついたりした、部族たちの習俗や信仰やシステムを否定しあうのではなく、互いに棲み分け連合していくことを主としてきたことが、多くの神話や伝説からたどれます。 もちろん中には、戦闘の記録もあります。けれども、そういう話の中や背景にも、自然環境の多様さと豊かさがうかがえます。私たちの祖先は直感的・経験的にそのことを認知したからこそ、山を拝み海を拝み古木を拝み大石を拝むという、祭祀を政治として行ったのです。 しかしやがて、政治が安定し部族共同体としての意識ができますと(社会意識)、その連続性を人々は求めるようになります。それが「歴史意識」であり。歴史がつづられる要請です。それまでの祭祀が「自然」と「人間」を演劇的に結合するものだとすれば、今度は人間から人間への連続性を演劇的に再現することで「安定」を確認するように変化したのです。 「祖先の霊」という認識が生まれて、それが守護するのかタタルのかというレベルになるのです。これは一方では「自然」が人間から分離されて対象となったということでもあります。山そのものを恐れ尊敬する感情から、山が祖霊が宿る場所、あるいは祖霊の通り道、という理解です。 このようなものを呪術信仰といいます。これは祭祀者のかかわりで結果を変えることが可能であるというレベルが設定されることで、かなり現世の人間の都合に傾いた信仰です。 営なまければ「霊がたたり」営むと「ご利益がある」という、除災招福(じょざいしょうふく―わざわいをのぞいて福をまねく)信仰です。こうなると、祭祀者が霊と現世の通路になるので、祭祀者自身に「権威」が生まれます。また、それが「権力の発生」につながります。 このように、今生きている人間の都合と社会に会うように解釈され(ということは時代時代で意味がかわる)、自然霊に感謝ということが表面から消えました。 この「先祖霊」は、大陸から伝来した新思想・新文明である「仏教」教義でいえば、人間の完成型である「ブッダ」にあてはめられました。これは仏教の立場からで祖霊信仰を見るのではなく、祖霊信仰から仏教を理解受容したのです。 もともと、祖霊との対話時期であった「正月」と「八朔」のうち、八朔の時期に中国仏教で成立した「盂蘭盆会」という行事と時期が重なるために、仏事として「先祖参り」をする期間となったのです。そして、ここから反対に「仏教とは先祖をまつり拝む」「仏さまはとは死んだ人のことや」「お経は死んだ人に聴かせるねん」などという、通俗的な理解が広がっていくのです。 仏教は天台宗を筆頭にこの「先祖参り」が、オシャカさまの仏教とは全く別モノで、相容れないところも多いと理解しています。けれど、経典や儀式や行という3点(現在でいうなら、理論・行動様式・表現)が場所的にも資格的にも限定されたところでしか伝授されないという限界を抱えていたのが古代の実態です。 そこで、仏像を拝む・墓を拝む・という比較的簡易なスタイルで行える祖霊信仰を「高邁な仏の教えを愚かな庶民に伝達するには大変な時間とデマがかかる」「だから、庶民の理解に応じた布教をする」と言う論理で、これらをすべて肯定しました。特に、祭祀者への権威が存在する社会では、密教系仏教のもつ「派手な儀式とパフォーマンス」「神秘主義」は、多いに庶民に仏教をアピールしました。「祈祷」したり「呪い」をすることが日本では是となりました。 現在からみても一面正しく、そういう入口から「仏教」に辿り着く通路があることも真実です。 けれども、「煩悩を捨てて仏となる」という生き方に通じないまま一生を呪いで終わるとしたら、その人は全く「外道」を生きたことになります。ご出家において「無縁は度ぜす」と言われる所以です。 意味は、前世からの業縁で「成仏する」縁のないものには、いくら出家が指導しても輪廻流転するのであるという、厳しい認識です。悲しい真実ですが。 浄土真宗は、このように諸宗から捨てられ「迷い」にしか生きられないものを、その身をかけて救い我が浄土へおさめとって、「仏にする」という阿弥陀仏の願いに遇う事を通して、この私が浄土往生し仏になることが決定済みであるといただくお宗旨です。 「南無阿弥陀仏」とおっしゃる如来のおおせを聞きまかせれば、私たちは全て仏になる道を歩む「正定聚」です。ご先祖だけでなく世界の全ての人々は、阿弥陀さまの御慈悲に共に抱かれたなかまです。このような「人間理解」や「生き方」へ私を転換させてくださる仏法との出会いの、直接の原因となって下さったのが「先の仏」さまです。 仏願に遇うことで、こちらから拝みその結果で善悪が生まれるという「祖霊信仰」とは、ま反対の生き方へ導かれる。仏教はそういう「目覚め」の宗教です。私たちの行為によって先祖の霊がどうにかなる、と思うこと自体が、私たちの傲慢さです。亀井勝一郎氏の言葉をかりれば「私たちの肉体は先祖の墓標である」ということでしょう。多くの仏様方が私を包み私の命を共に生きるためにお参りされているという意味ですね。 この「お盆」を1〜4までの通俗の世界から、尊い仏縁をえて「念仏者」として目覚めさせていただく時期にする。そうすれば、御慈悲に歓喜し躍り上がって喜ぶことになる。「歓喜」会という所以ですし、だからこそ「盆おどり」を舞うのです。 懐かしい人々を偲ぶことから、全ての縁在る死者を思い自らの人生の行方に思いをかけて、全ての命が阿弥陀仏の願いの中に生まれ生かされ浄土に生まれて永遠の生命に生まれ変わるという、仏法の不思議に出会い歓喜する。この名称はそういう法縁のことを意味しているのです。南無阿弥陀仏。 (『09’歓喜会のしおり』より転載)
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こんにちは!
ご訪問ありがとうございます。
私の妻も2年前の2月に亡くなり、去年の3月に大谷本廟に納骨しました。それからたびたびお参りしています。帰りに二人でよく行った清水界隈を散歩したりします。糺の森も好きな場所でした。
これからもよろしくお願いします。
[ roseke ]
2009/8/18(火) 午後 5:02
rosekeさま
ようこそ。本廟の北側の五条坂をゆるゆると上り、清水坂へとかかる。順正の新しい店を尻目にして、産寧坂を北へ。イノダコーヒーの手前、霊山興正寺のご廟です。このあたりをうろうろするんが好きです。
2009/8/18(火) 午後 5:55
こんばんは。大変詳細に解りやすく解説されていることに、浅学な知識による誤解も晴れました。どうも有難うございます。
これ以上の名文は、私には到底及びも付かず、書けそうにありません。是非来夏の盆にこの名文を使わせて頂きたいと愚案いたしております(当然、出拠は明らかに致します)。よろしゅうございますか?
2009/8/20(木) 午後 9:34
こんばんは。Ren'ohさん。
どうぞおつかいくださいませ。真宗の言葉は共有財産ですものね。
さて、明日は直林先生のところで、新作のお説教のお披露目です。
帰りに京都へ参ろうかとも思っておりますが、今、どちらでしょうか?
2009/8/21(金) 午前 1:31