|
21日の土曜日に、「お墓参り」にいった。生まれて初めてである。 このブログで何度も書いているように、浄土真宗・仏教と墓参りは直接結べない。 自分の位置もわからんものが、先祖に感謝したり死んだ人に何かできる、と思うこと自体が顛倒であり錯誤である。迷いのももが迷いのものを導くことはできないのである。 だから、「信心決定」が第一である。nazunaにとって、それは「南無阿弥陀仏」。 この私の命となってはたらかれ、わたくしを仏に育て上げようと共に生きてくださる阿弥陀さまのお慈悲に抱かれての、「命毎日新しい」と生かされ、かつ「罪業深重にして煩悩から離れることない」という自身の姿に目覚める毎日である。 この「念仏相続」の歴史が、家族の歴史であるから、お墓に参って過去からの声に耳をすまし、相続の御苦労とそれぞれの法悦をいただくのである。 現在、5世帯ぐらいで、実際にすんだはるのが2〜3世帯という村。荷坂(にざか、私たちの親族ではにのさか)が、東森という父の母の本貫地である。三本木という家もこの村で、この2件がルーツになる。 三本木の分家が大阪に出て当寺の手次の門徒さんであるので、彼岸には荷坂へお墓参りにいかれていたから、いろいろと聞かせてはもらっていた。「車が入るように道ができてるよ」とも。 それもあって、今回、行こうと思ったのである。しかし…。運転している次女とナビの私は車一台やっとの山道を進むのが面白くもあったが、長女と母は不安がっている。「ねえ、道まちがってへん?」「えらい狭いなあ」「こっち谷やで。落ちるんちゃう?」 杉の木立が美しい。夏でも涼しそうである。荷坂川が横手を流れる。急峻な山道を上がって5〜7分。 ぱっと視界が開けて、家が見えた。「やったーーーー」と後ろで二人が、まるでお浄土へ着いたような声(爆) その最初の家が、三本木本家。そっとうかがうと、車が2台あったのでもしやと、声をかけてみたら、奥様が。そして、榛原で林業組合長をなさっている康祐さんがいらっしゃった。6,7年ぶりであろうか。 地図を見せて、東森のお墓参りにきた、というと、「これから選挙管理員会に行くさかいに案内してやろう」と車で先導していただき村内を案内してくださった。感謝である。 お墓について、名号をおき、ジュウセイゲというお勤めをする。48願のあと再度、法蔵菩薩が世自在王仏の前で誓われた偈文である。「もろもろの苦悩の中にいるもののところへこそとびこんでいくぞ」という誓いである。 こういう御苦労の末が、今日、私の称える「念仏」の声になったのであるなあ。 康祐さんは、「このままここで一生送ることに何の問題も感じてない。まあ日本の林業がなあ…」と。 昨年は母方の吉野黒滝へ参らせていただいた。まあ、nazunaは山の子だ、と再認識した。 南無阿弥陀仏。 我、超世の願を建つ、必ず無上道に至らん、 この願満足せずは、誓うて正覚を成らじ。 我、無量劫において、大施主となりて 普くもろもろの貧苦を救わずは、 誓うて正覚を成らじ。 我、仏道を成るに至りて、名声十方に超えん。 究竟して聞ゆるところなくは、誓うて正覚を成らじ。 …(略) |
お寺のくらし







私の中ではお寺とお墓は切り離せないものだったので、この記事でビックリしました。
死んだとて、仏になって悟りを開くはずは無いと思いつつも
死んだら、美しいところばかりが思い出されて、
ついつい亡き人に、未だに甘えてしまってる私を感じます。
2009/8/26(水) 午後 4:55
kiriyonさま
墓制というのはどんな社会にもあります。それと、宗教は別モノであることもおわかりいただけますね。仏教に帰依するということは、「仏になる道」を生きるということで、そのためにきめられたプログラムを実践しなくてはなりません。普通は、布施・持戒・忍辱・禅定・精進・知恵の6つ。これらを実践して自ら仏になることをめざすのが仏教徒です。お墓参りはこの項目にありませんね。
2009/8/26(水) 午後 10:11