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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

書庫住職、涙チョチョ切れる

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今日は、寺での法事が3件。それぞれの家族と、先の仏様を思いながら、朝10時から夕方4時まで、読経と讃嘆と世間話。

中でお話ししたメインのエピソードは、おとといの月参りでのこと。


嬉しかった!感激した!のは、ご門徒さんからいただいた言葉

「ああ、今日初めて娘の命の尊さが知れました」と喜んでくださったこと



ここのお家はおばあさんが安芸門徒さんで、私の祖母とよく話しが会ってご縁を喜ばれた方。息子さん夫婦は、自営で2つのお店をやられているので、長男さん夫婦も共に仕事されて、なかなかお聴聞がかなわない。


そんななかで、東京で活躍されていた長女さんが結婚間もなく「不治の病」に倒れられた。ホームドクターによる家庭での看取りを選択され、大阪の店の二階の仏間で過ごされ、往生なさった。


それがご縁となり、お母さんとお嫁さんと私の3人で、お家の仏壇の前で、「正信偈六首引き」をいただくことが、ならいとなっている。そのあと、お正信偈の御文をご讃題にいただき、15〜20分ぐらいの御取次をする。

(まあ、ご本人が外出不能であったり、そうではなくとも家族が沢山あつまっておられるとき、ご希望のときはできる限り、御取次をする。連れ合いは「法話はでけへんわ」といいながらも、いろいろな世間話や身内のことや悩みをよく耳を傾けて聞いているようである。当寺の月参りはしたがって、1件1時間となるわけだ。長いから困るという空気のところはお勤めだけでさっさと帰るようにしているがね。)

で、一昨日。竜樹讃の「唯能常称如来号 応報大悲弘誓恩」でお話をした。

その日の午前中のお参りの家でお話した内容から。元気自慢の80代が、ドクターから、ヘルパーさんとともにで「車椅子でないと外出してはいけない」と、言われたことへの愚痴を聞かされた。で、私は「じゃあ、もしも寝たきりになったらどうなん?」と聞いたら、「そんなんいややわ。みじめやし」とおっしゃったから思わず、「私らがそう思うのは無理ないけれど、仏さまはにうかがえばそうはご覧にならんよ」「私らが自分のモノサシで図って、自分の人生を自分でみじめにしていくのとちがうやろか」と申し上げたことであった。


これをマクラにして、じゃあ仏様はどうおっしゃるかというと、「人生が長かろうが短かろうが、みじめであろうが立派であろうが関係ない」と仰せになる。それを、少し聞きましょうとつないだ。


親鸞さまは「念仏成仏是真宗」と仰せられた。この「念仏して仏になる」というのは、普通の頭では、私が念仏をしてその結果仏に成ると理解されるだろう。けれども、当流では違うのである。


丁度先週の夜間の授業で、動詞の連用形を教えていたときにふと気づいて、「ああありがたいなあ」と思った話であるのだが。郵便局に行って、小包を出す。というとき、動作の順になるから、2つの動詞は先と後になる。

ところが、よくよく考えてみると、「小包を送る」ということが因となって、「郵便局へ行く」という行動が結果としておこされていることに、気づかれるだろうか。

しかも、先ほどの文の主語は阿弥陀様である。するとどうなるか?

阿弥陀如来は、私を仏に成らせるという意志をもったから、私に念仏せしめる。あなたがたは命を「立派」だの「可哀想」だの「みじめ」だの「良い」だの「悪い」だのと、色分けする。それが煩悩であるから仕方がない。仕方がないけれどもそこに止まるのであるならば、どんな人間も最後には、ベッドやお棺の中で〈寝たきり〉になるのであるから、「人生はみじめだ」という結末になってしまう。だからこそ、この阿弥陀はあなたのもとへと現れて、必ず仏さまに成る人生であることを知らしめんがために念仏せしめるのである。どうか衆生よ、この願いを完成させた私の心を受け取ってくれ

これが、間違いのない「命の価値観」。私のノーミソではないところから届いてあったおはたらきでありました。とお話したら、上記のお言葉をいただいたのである。


「私、ずっと娘が可哀想で可哀想で仕方がなかったんです。けれど看取りにかかわってくださったお医者様が毎回回診のあとで、(お仏壇に向かわ)娘に『仏様にしっかりお参りするんやで』とおっしゃられてたんです。なんでかわかりませんでしたけど、今日わかりました。」
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「そうですね。きっと娘さんがかわいそうであるという思いは消えないしなくなることはないでしょうね。息子を失った祖母がそうでしたからね。でも、その悲しみや痛みを癒したり消したりするのではなく、それがご縁となって出会える広大無辺のお慈悲があるんです。そのとき、ああわが子であると思うていたけれどもそうではなかった。この私に真実の命の尊さと喜びに導いてくださる仏様であったと、これからいただいいていきましょうねえ」としめくくったが、切ないことでもあった。


チンチン電車で1駅。お寺へ帰る私をお母様とお嫁様二人で、電車がくるまで待ってくださりいつまでもお見送りいただいたことも、胸に残った。あなたに会えてよかったと、別れのときに思える人生をいただけるのは奇跡であるなあと、念仏申した次第である。
nazuna
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