|
浅井成海師の 訃報に接する。御病気であらせられたが、こんなに早いとは…。無常迅速である。 師は、大伯父・東森善城とともに、桐谷順忍和上を師と慕われ、そのご縁で我が曾祖母、東森のおテルばあさまのことを、書いて下さった。「暁の鐘」である。 不思議なご縁で、節談説教研究会の会長職を担って下さり、播磨の東保流の研究会でお会いしたときに「東森のひ孫です」と、ご挨拶させていただときには感無量であった。それが、昨年のこと。 師は、龍谷大学で教鞭をとられ、本願寺教学伝道センターや同和教育振興会で、常にそのときそのときの「今」の課題と切り結ばれていかれた。厳しくとも真摯な姿勢を貫かれたお方である。nazunaのような学もないものであろうが、誰であろうが常に同じ「信心のなかま」として受け止めて下されたことである。 著書も多い。写真は、まさに今、毎土曜の「お朝事」でのくり読みからのご讃嘆(その日の和讃を讃題とした一座説教)のための、トラの巻として、座右にしているもの。 その師の残された言葉のうち、次のものがもっとも心打たれたもの。折りにふれて、nazunaの胸に響き渡って蘇るのである。真宗者はこの言葉で言い尽されてある。 南無阿弥陀仏
|

>
- Yahoo!サービス
>
- Yahoo!ブログ
>
- 練習用



お顔も、しゃべり方も、お優しい方でしたね。
いつも、相手や、周りに気遣いをしていらっしゃいました。
2010/6/8(火) 午後 4:00
wasyoさま
愛顔和語という表情のままの師でありました。学問として仏教を学んだことのないものは、学識者さんというだけで気おくれするのです。お領解一つといいながら、お聴聞一つといいながら、僧侶としては「何かまちがった言葉、言い回しをしていないか」と、おどおどするのです。浅井師にはそんな気配すらなく、ふっと言葉が出てこられる。でも、中身は真摯で厳しいのです。
ああ、お浄土は素晴らしい方々で満ち溢れてありますなあ。
2010/6/8(火) 午後 7:00