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(京都駅前掲示板)
4月から、親鸞さまの法要がスタートしている。
同慶の至りではあるが…。
気になる話もちらほら。
お西のお向かいには、法衣・仏具・土産店が並ぶ。
いくつかの店主さんからの聞き書き。
「みんな食べることばっかりですな」 「両手に持ちきれんぐらい、京漬物やらお食べ・八橋の土産袋を抱えて」
「本山に来たんやから、お念珠一つでも新調しよ、という思いは無いねえ」
「なかには、『今がすいててチャンス!』と、法要の時間に土産物を買いに来る人もいてびっくりします」
「金襴銀襴の打ち敷きあるでしょ、ご院さん。あれがわからんのよ。『これなに』『あんたわからんの?』『わからん』『浄土真宗はお仏壇も金やから派手やねん』『何が』『ほれ、死んだら頭につけるやつ』『へえ、こんなキンキラのをつけるの』思わず笑いました」
笑ってはいられない。
数珠を購入しようとする友達を「あんた数珠は持ってるねんからもういらんやろ」と止める一幕もあったとか。
「数珠は土産にならんで。縁起悪い」とのたもう門徒さん?もあったとか。
称名も勤行もお内仏さまのお給仕も、共同体社会が強固であれば社会の側で「相続」して下された。お寺の住職は住職でござい、とふんぞりかえっていても。
住職が先頭切って聞法に励み、お念仏の相続を仕事として門徒様とともに歩む。これを先の700回忌から今日まで目標にして「門信徒会運動」は起きたんじゃなかったっけ???
本願寺の境内で、、門徒さんと住職さんが仲良くソフトクリームの立ち食いをなさっておられたという光景もあったようで。そういうのが「同朋」であると勘違いしたままの50年なら、ご法義も「信心の社会性」も捨てて、単に俗化しただけでしょうなあ。
ご門徒である仏具店の御店主が「せめて座って食べていただきたいですなあ。ご開山さまの前やのに」と嘆いておられた。
恥ずべし傷むべしである。こういう話をしていい相手であると認めていただいているウチに、nazunaもしっかりと住職の役割を果たさねばならんことである。
「門前町というても、今回はあんまり商売にはなりませんねんなあ」というと、
「だからお客さんに思い切って言ってるの。『ご開山さまの法事に参られて、御本山に参拝されたんだから、人間ばかりでなくて、お家の仏さまにもお土産を買って帰ってあげなさいな』って」と。
いいお言葉でありますなあ。称六字。
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浄土真宗をカタル




あそこの場所に店舗を構えたさすがの漬物店ですねぇ。。
私も毎度大型バスが駐車されていて、中にお寺参りの後の方々が
吸い込まれていくのを、、苦々しく見ております。。
2011/5/18(水) 午前 11:24
kiriyonさま
まあ、人の世の常ですからそれはそれで仕方がないことだと思います。nazunaも買いますから。ただ、これはこれ、が無くなって、それだけっておいうのもネェ…(泣)
2011/5/18(水) 午前 11:39
門前町でお土産は買っても、お参りはしない、なんて観光客も多いかもですねぇ。
こうなるとほんとに、笑いごとじゃないです(泣)
2011/5/21(土) 午前 8:39
aikoさま
つまりは、「固いことを言うようやけれどもな、生涯に一回しかないご縁やから、親鸞さまの御生涯を偲んで、共にお念仏しましょう」と諭す住職さまがない、ということです。
お恥ずかしいことです。
2011/5/21(土) 午後 10:51