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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

書庫仏教をカタル

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『うきわねこ』 ぶん蜂飼耳 え牧野千穂 ブロンズ新社(2011) 1470円
 
讃題は同じです。
 
15日の絵本。歌は「光あふれて」「光にみちて」やっと最終日で親鸞さまにたどりつく。

あらすじ)
ある日、えびお(このねこちゃん!)のもとに、おじいちゃんから誕生日のプレゼントがとどく。それは、うきわ!
 
おとうさんやおかあさんにはないしょ。夜になって、そっとうきわをふくらまし、つけてみるとあれあれ。
 
えびおは空へとまいあがる。そこでは不思議体験のオンパレード。同じくうきわに乗ったおじいちゃんが待っていた。
 
おじいちゃんといっしょに、海へ行きお魚釣りをして大きな魚を一緒に食べて…。
 
でも、これは一度きりのこと。うきわはえびおをおじいちゃんと一緒の世界へ連れて行き、またえびおの日常に連れ戻す。それからもう二度とは、空とぶうきわにはなりません。
 
でも、えびおは…。

絵本の展開が、nazunaには往還二回向に思えたもので力技(笑)。おじいちゃんはふつうに実在しているかもしれませんんが、そのあたりは読者に委ねられています。
 
 
お話はオリンピックのことから。
「オリンピックが終わりましたが、日本はメダルを何個とりましたかねえ」
「38こ!」と子どもにお年寄りからも声。
 
 
「じゃあ、日本選手は何人ロンドンへ行きましたか?」
「………。」
 
 
100人ぐらい?200人?
「実は、293人です」「へえー!!!」 
「役員をあわせると518人。そのほかに、各競技ごとにお世話をする人を帯同していますから、相当な人数ですね」
 
 
実は閉会式の録画を見ていてはっとしたのでした。
「あれ、いつのまにかメダルを取った人しかオリンピックに参加していないことになってないか?」と。
 
 
人の話ではありません。人気のある競技はTVに映ります。日常に狎れてテレビの目でしかオリンピックを見ていない私がありました。
 
 
私たちはそのように、知らない間に偏った目で外部を見る。都合の悪いことはなかったことになる。だからこそ、「あなたは不完全なんですよ」「あなたは善悪や美醜、強弱や勝敗という相対的な価値にとらわれてしか生きられないのですよ」と思い知らせてくださる、外部からの声、まなざしに「遇う」ということが決定的に重要なのです。
 
 
ヨーロッパから発祥した近代社会とその価値観は、人間を至上のものとするがゆえに、強固な自我を求めます。しかし、人類は自ら築いたその強固さに縛られて、互いに対立し誇り合うという構造から逃れられません。
 
 
如来が声となり文字となって聞かしめる真実とは、世界を二重に構造化する営みです。現実と物語、シャバと浄土。相互において存在する実存です。
 
 
こんな難解なことを、すーっと絵物語にしてしまうお二人はただものではありませんね。
 
 
何回お墓詣りをしても、この仏法にあわなければ、自我肥大にブレーキはかかりません。「今年もちゃんとお参りした」「ご先祖にありがとうといった」「ちゃんとお寺さんにお経を読んでもらった」などなど、自分を安全に強固にするだけで、自己を疑う契機になりません。
 
 
親鸞さまは、そのような自我に苦しまれつつ、確かに如来に呼び出されたのは「私」であるという実感を持ちながら、日本社会の既存の宗教的認識構造のワクを超えた生涯を送られました。罪悪深重の凡夫が本願力回向によって、現世の正定聚として生かされるという在り様を、その御身で示されたのでした。
 
 
このゆえに、今にいたっても、世界は親鸞さまに追いついておりません。現在のわが本願寺教団ですら、まだ後追いの最中であります。
 
 
2012の最後の紹介絵本。絵のステキさからもオススメ。是非手にとってくださいませ
(未完ながらウサギを主人公にした全く同じテーマのお話を絵本台本として娘に2005年に渡してありました。でも、こっちが先にできちゃった。残念)。
 
 
 
 

  • 顔アイコン

    オリンピックのたとえ、まことになるほど、と思いました。まさに、私たちは、自分で正しいと思う方向に「歪んで」おります。いえいえ、「歪み」ではありませんね。だって、それが「正しい」と思っているわけですもん。
    西洋キリスト教をみますと、生意気かもしれませんが、神の子である人間の自我=世界という認識が強烈で、最後は人は神と一体になる、という世界観があるように思います。その認識が、量子力学の「人間原理」とかにつながる。あれ、どうにもわからない感覚じゃないかな、などと思ったりしております。

    single40

    2012/8/17(金) 午後 6:08

  • 顔アイコン

    そうですね。遠藤周作を持ち出すまでもなく、多くの日本のキリスト者とお話をしますと、いわゆるヨーロッパのクリスチャンとは違うなあと感じます。

    西洋近代はある方向にキリスト教世界を世俗化したものと見る考え方が、哲学にはあります。

    日本の場合、諸宗派が汎神論的仏教理解、自然の一部としての人と仏という枠組みに収斂していったので、実存的な二重構造ではなく、教義も儀式もあくまでも現世に集約されていきます。

    現世は変わりますからそれによって教義も儀式も変わる。つまり、禅宗も真言宗も開祖の教えではもうありません。

    ところがある種の真理主義に生きる人もいるわけで。大方の日本のキリスト者はそもそも、そのような融通無碍な日本仏教にあきれはてて出て行かれた。だから、インド仏教的な真宗者から見ると、キリスト者にもっとも親近感がある、というねじれた現象です。

    nazuna

    2012/8/17(金) 午後 9:55

nazuna
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