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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

書庫浄土真宗をカタル

イメージ 1伝統的なお説教から。報恩講さまといえば、御伝鈔に四幅の御絵伝。
 
福成寺大仙という大説教師が但馬にいらっしゃった。
 
なぜか大谷派の大富秀賢師が、福成寺大仙を紹介していて、これはnazunaの研究者としての大きな謎となっているのであるが。
 
その大仙が伝承し自らの手で形成した「絵解き」である。
 
もちろん、上巻下巻それぞれの段の絵解きがあるのであるが、その前段として親鸞聖人の幼名「松若丸」とされた由来から、四幅をおしならべて語ってしまうという、スーパー解説なのだ!!!
 
3年来ものにしようとしてきてやっと自分バージョンができ、お稽古して、今日、門徒さんの前で口にかけた。
 
台本どおりではなく(丸暗記ではないので)、いささかのアドリブも交えて20分。上巻を拝読し、下巻を拝読する。それを一人でやらねばならんので、合間の休憩をかねて絵解きをするので、丁度いいのである。
 
せっかくなので台本を載せます。興味のある方は、手を入れて自分なりにご使用ください。
 
四幅の各段の絵の「松」だけに注目して、説きます。松がないにはわけがあると…。


 
絵解き 松尽くし
〇序弁 御伝鈔様上巻、拝読せしめましてしばしの解説、絵解きをおこないます。
 わずかな時間でありますから、本日はこの四幅の御絵伝、親鸞聖人のご生涯をば、通しまして眺める古来伝授のお話をばいたします。この御絵伝とはそも御伝鈔と一葉のものにて、承安三年におうまれになり弘長二年の御往生まで九十年のご生涯をば、本願寺三代の覚如上人さまがおまとめになれれたもの。親鸞聖人さま三十三回忌のおりにこれにてみあとを慕うべきよすが手がかりが節なわれるのは惜しいとて、関東に行脚されて祖師聖人のみあとを辿られて、様々な御由来を聞き集められそれを絵師・浄賀に「ここはこれはこう書け」と御指南の上にできあがったお伝記。残念ながら建武三年の戦火にて焼失、その後書き直されますときに、文章と絵を別々にされてそれぞれ「御伝鈔」「御絵伝」とされたものであります。
〇五葉の松の三意
 さて上巻一段にてお示しあられた御開山様親鸞聖人さまは、日野有範卿の御長男としてお生まれあそばれました。幼名、松若丸とおおせられたは、母上さま夢の中にて西方より金色の光が来たりて母上様のお身体を三回廻って口中、口の中にとびこまれたがそのはじまり。是はいかにと思う内に御手に五葉の松をもたれた一人の菩薩忽然と現れたまいて「我は如意輪観音なり。今汝に一子を授けるに月満ちて生まるれば、この松をもって名とすべし」と告げられた。 これによって、幼名松若丸となられたが、そのおいわれがある。
 まず、マツは十・八・公、と字解きされて、十八の主といただく。これは西方願主弥陀如来、慈悲の光となりて衆生済度のために、人として生まれたまうことを示す。かの法蔵四十八願成就が阿弥陀如来ゆえに、四十八願まいてたためば十八願・説我得仏十方衆生至心信楽欲生我国と、衆生の浄土往生はわしがこの手でしあげたそ、どうか聞いてくれ受け取ってくれとのはたらきが、願行一致の南無阿弥陀仏。
 みなさん十九願の行者のごとく諸善万行を積んで来いと仰せられてもいかんともしがたい。貯金をおろせといわれてもなかなか。また二十願のように称名の功徳を積んで来いと仰せられても、酸素マスクをはずしてまで念仏申す力もなく。 
 ところが十八願の行者なら、時代は末法機は下根なれども「そのままこいよ」の仰せを受けての浄土往生の成仏の道。よって、この救いをもたらさんとて人間界にお生まれあそばされたで、十八公願王といただいてその年若の頃と幼名を「松若」とされた。
 次に松は常緑不変なればいつでもどこでも枯れぬがごとく、釈迦は時機をみそなわしたみて「特留此経」、このお経を特に留むと弥陀の本願力回向のみ教えをば「末代無智の衆生」のために残されたという意。いつでもどこでもだれにでもかわらずはたらく御本願であるから松じゃ。
 さらに五葉というは、五願開示というて、第十一願十二願十三願十七願十八願を顕す。十一願とはこの世にいながら正定聚。等正覚なんどという命をなり、浄土往生には弥陀同体のさとりを必ず開かすというお誓い。十二願十三願は我仏となったなら、光明に限量なし、横ざまに十方、縦には過去現在未来と三世を通し、どこからどこまで照らさずば正覚とらじとのお誓い。またそのさとり開いた上からは寿命無量とはたらきづめ。これを及其人民と浄土往生の我等も同等となるとの仰せ。十七願成就であらわれたまいた諸仏がすすめられる称名念仏の御謂れを聞信せしめて衆生を浄土往生ぜしむるというが第十八願。したがって信の一念にていただく果報をば五願に開示してその御謂れを明らかにし、称えて参る道じゃないとまちがわさんのが五葉の松。
〇御絵伝四幅の松
 さあここに明らかになったは、ご絵伝さまには、真宗の本流を松にて描かるるということ。そこで、この十八願の松の枝が四幅の絵にふりわけてある。
 
イメージ 2
①一幅目には『弘法の因うちにきざし利生の縁外にもよおししによって』と、十八願の松の実が人間界に生まれたがこの松。さらに吉水入室の段は双葉が生じたところ。比叡山二〇年のご修学にて松の根がはった。そこに双葉のごとく他力摂生の旨趣と凡夫直入の直心とわけ御領解なされた。そこで六角夢想の段にてはガガたる岳山に数千万億の有情があるとは、十八願所被の機類。ですからこの御門徒は松葉であるから御門葉ともいう。なぜに松葉というとその胸にクシャックとハリがあるから。たとえば町内会の会合で平生オレの方が偉いと思うておる相手から、「おい。そこのわしの靴を直しといてくれ」と言われると、直すことでオレを下にみようとしているなと向こうの言葉がハリになってこの胸に刺さる。蜂やむかでに刺されたら五日か七日で治るが、人間同士の胸のハリは三毒のハリ。グサっとささったらあいつは悪いやつじゃとなかなか抜けぬ。五〇年いや一生持ち続けて未来は修羅の苦しみとなるぞや。じゃから我等は松葉でクシャックなれど。有り難いことに松は寒中雪にあうとも色は変わらず。この御門葉の我々、クシャクシャの身なれど末代寒中の煩悩の雪霜の中でもお助け一定の色をかえぬ。ときに真夜中降った雪霜も朝日のあえばどけて雫となって落ちる。無始曠劫よりの悪業の雪霜も弥陀の光明の朝日に溶けて。歓喜踊躍の雫となる。
 今この十八願の松は極楽浄土七宝の地より生えた松。蓮位夢想のこの段にその松が描かれてあるのは、まさに我が祖御開山聖人さま、御本地を示すとなる。
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②さて、二幅目となれば選択付属の段。これは十八願三信の中で至心の法体。至心の体はかの尊号、南無阿弥陀仏。その南無阿弥陀仏が選択本願念仏集と現れたから、十八願の松の幹末まで太くたくましく栄えることのお示し。それが次の信行両座ともなると三信のうちの信楽となり。信か行かの分け違うも、全ては信につづまると松の枝に真実のこもったことを表す。ほれちゃんとご開山さま聖覚様の側に松が描かれてあります。信心諍論は「源空が信心も善信坊の信心もさらにかわるべからず。只一つなり」と仰せのように疑いはれた信心はあなたからもろうたもの。ゆえに欲生は仏の大悲廻向心。十八願の松の枝のはたらきぶりや良しと描いてある。最上段の入西観察の段にてはとうとう絵描きの定禅法橋の夢にさえ善光寺如来、阿弥陀さまが聖人の御本地と現る。ゆえにここの絵相に松はいらん。いったい長野善光寺へ参れば親鸞松とて賽銭箱の上に皆の鼻先に松が立ててある。まずは十八願の松に目をつけよということ。
 
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③三幅目にかかった松の枝は、念仏禁制・罪科審議に法然親鸞流罪の段ですが、この罪科に問わんとする御所にも松がかかってある。したがってやがて御所方も御本願に目覚めてこの罪は取り消しとなり、御本願のみ教えは栄えるという予告となってある。また、御流罪の場面に松がある。これは何でか?流罪ではない。元祖、祖師とも配所に赴くのは罪ではない。今まで仏とも法ともわからぬ地に、ご本願の御教えを広めるために京都からお引っ越しじゃという意。
 それが証拠に第二段にて稲田興法の段ともなれば後ろに松が四本前に一本と五本もあり御本願のみ教えが親鸞さまの行くところ行くところで繁昌してあることは明らか。それが本当となった一番の出来事が、大一味であった山伏たちの棟梁、播磨公弁円が翻心して念仏に帰依され明法坊となられたというのが弁円済度の段。ここに松はいらん。邪見驕慢の弁円が我々で、左右なくお出ましたまいた親鸞さまこそ阿弥陀さま。肉身の阿弥陀さまがいらっしゃるで松はかかん。また明法房これなりと、法は明らかになってある。
 
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④最後の四幅目にいたっては、箱根権現も熊野権現も皆本願に帰すとのことでそれぞれに松がえがかれ、いよいよ親鸞さま、仲冬下旬第一日からいささか御不例となられて同じき八日に御臨終。その御火葬の場面に松の機が二本描かれてあるがいずれも老松。一幅目の松は松若の若松なれば、ここに至って聖人の門流のますますの繁盛を表す。
⑤結勧
 以上によって大悲み親のお阿弥陀さま、御開山さま親鸞聖人となられては、ただただ「十八願の松の繁盛のためにオレはシャバに来たぞよ」との松尽くし。十八公の松の実が凡仏一如と双葉をだして、幹太くして枝葉を広げ念仏繁昌をきざすなり。さて、お厨子の中の御開山、愚禿の二字は誰がためぞ、御恩知らずのこの私をば、鬼の餌食にさせまいと、若不生者のお慈悲より、本師法皇の親さまが、在家同様の身とならせられ、肉食妻帯なさるのも、善巧大悲の御方便、九歳のくの字が苦労のはじめ九十のくの字が苦労の終わり、徒歩や裸足で遠近と宮拝殿は仮の宿、山伏弁円には命をねらわれ、日野左衛門の屋敷のまえでは雪をしとねの石枕。御身削っての御修行は、衆生可愛いの一心でとはかの御開山親鸞聖人さま。この御苦労があればこそ今日在座の我々は畳の上でぬくぬくと浄土参りの相談がかなうなりと、かかる道理がきこえたならば捨ててはおかれぬ御大恩とあやまりはてての南無阿弥陀仏。いただきあげての南無阿弥陀仏。

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    初めまして。突然にコメントお許し下さい。福成寺大仙のお寺は、自坊のお手次ぎの寺院だと思います。大仙さんは有名な布教使さんと聞いています。
    絵説きは大変勉強になりました。福成寺大仙さんの名前があったので、ついつい書き込んでしまいました。

    [ 幡多哲也 ]

    2012/10/26(金) 午前 5:49

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    幡多さん、ありがとうございます。出石の楠先生のところです。一度訪問させてください、と申し上げてからなかなかうかがう機会がありません。今月30日から、福成寺大仙の説教本を使っての学習会を自坊で始めます。

    nazuna

    2012/10/26(金) 午前 9:35

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