|
「愚か者」さんという方から、記事に書き込みをいただいた。
夜は非常勤で非識字者、義務教育未修了者のための「夜間中学」で講師をしていますので。お返事を今書いています。
さて、直截な書き込みなので、改めて今の「ジュコウジ」の取り組みを見直す御縁となったことを、感謝しておきます。こういう書き込みでなかったら、レスしようということもなかったかもしれませんので。
さて、マンション僧侶の記事は、書かれていない前提がありました。
それは、実態として大阪府内で「浄土真宗」を看板にして、いわゆる儀式だけを行い、浄土真宗のみおしえや儀礼のありかたを伝えないお寺、僧侶が活動していることです。
また、きちんとしたお寺であり、教師資格をもった僧侶でありながら、通夜布教や還骨で法話をしなかったり、門徒宅での法事においても、読経はするが法話をしないという例が確実にあることでした。
もちろん、「前三」といいます、獲信前の礼拝も観察も読誦(読経)も、「後一」といわれる獲信後の「仏法讃嘆」も、全て浄土真宗における正定業である「称名念仏」のための助けであります。
しかし、そのお念仏を門徒さんのみならず縁あって参集される方がたのお口にかけていただくことを、ひたすら勧めるという真宗僧侶<念仏者>の本分を見失ったお寺や僧侶が「ある」ことを、受け止めて私やウチの寺族は「道場」としてのお寺を機能させることに心をくだいています。
しかし、本願寺派において、得度だけをお寺でして(あるいはさせて)、その所属寺院との連絡をたったり、金銭の授受でもってそれを黙認する住職があったのです。「自分で自分の首を絞める」ことをしていることに気が付かないわけです。そこで、この時期に衆徒制度の厳正化を私たちは望み本願寺派はそれなりに動きました。
連絡のとれない僧侶、その寺院の日常活動に全く参加しない僧侶の存在をチェックして、できるかぎり組や教区という単位で点検をして、なくしていく方向をとりました。
以上のように宗派内の問題は、どのように「宗派」の認定制度を受けるかは個々人の自覚に追いますが、それでも育成する側は、それなりに「釈の名乗りは仏弟子の名乗り」ですから、在家僧侶としてどうあるべきかを共にか投げ実践していく方向では機能します。
制度の不備は教団内のメンバーにおいては批判し改善していけるものです。
しかし、記事で批判した新聞に出る「在家僧侶」資格獲得制度は、まずもって既成教団の僧侶ではない。そして、比較的簡単に資格がとれるとあり、記事内容からはその資格でもって葬儀要員として活動できるように読める。
以上のことから、他者の死を縁として自らの生死問題に向かっていくという回路ではなく、死者がどこかいいところに向かったとして今の自己との関係を切り捨てるという近代的な思考、学者さんはこれを「宗教の世俗化」といいますが、そちらへ加担する動きであると理解しているのです。
だから、批判した。
従って、①全て既存の宗教団体と末寺の布教と伝道活動の欠落。さらに、寺の世襲制、檀家制度にあるのではないですか、という意見の前半は、当寺も同じ問題意識であるとわかられるでしょう。
しかし、後半の寺の世襲制については真宗にはあてはまらない。それはカキコしたとおりです。船場の商家と同じ実態で、世襲されますので、血縁だけではありません。法縁も多い。これが実態です。ウチなぞは五代同じ血縁で続くのが珍しい例ですし、むしろその志向は「明治政府の民法制度<家父長制)」下の方が強まります。つまり、江戸期の寺請け制度(檀家制度)と同一に議論できないのが事実です。
むしろ寺請けがなくなったのに、国民大衆の側が地域共同体の中の個(身分)という規定がなくなり、血縁を自己確認にしていったのかもしれません。なくなった檀家制度を今度は習俗として民衆が維持したということです。
ですから、これが先祖崇拝と墓・仏壇の相続が、財産相続を象徴するという習俗の中核です。そして、こういう習俗にのっかって「先祖教」として仏教を説き、財産権や相続権の由緒を「追善主体」のおくという、宗派があります。
御承知のとおり、真宗は先祖供養ではなく、『先の仏、還相のブッダ』として有縁の死者をいただけますから、先祖供養あありません。
全て自身の聴聞の御縁であり、称名の御縁です。
ですから、世襲云々がおかしいというのは、むしろ出家であるというのに在家している宗派への批判となりましょう。
②として、「檀家、門徒から僧侶になった方々の方が寺族より仏教を勉強しています。僧侶の資格?国家資格ですか?たかが金権第一主義宗教団体の認定資格ですよ。在宅、マンション僧侶と全く相違はありません。寺族、既存の宗教団体が憤慨するのも当然。これまでの温床を崩されるから…?。既存の宗教団体(本山)と末寺の関係、末寺は檀家数をごまかして本山に毎年、ミョウガ金、お取り越し金を上納。本山は上納金の何%かを末寺にバック!寺は無縁仏の墓を集めて私有地に変更、檀家が墓を建て替える時は石材屋にバックマージンを請求する等…。既存の宗教団体、寺族の実体を檀家が知らないとでも思っているんですか?」という部分もnazunaに答えて欲しいと読み込んで回答します。
太線の部分は、そうとも言えるしそうでないともいえる、です。寺族でも仏教を学ばないものもおります。しかし、お寺にうまれ暮らすからこそ、より学ぶものもいます。したがって、この部分以下は「愚か者」さんの個人的感傷になり、。コメントしようがないです。
お書きになられたようなお寺や僧侶を具体的に指摘していただかないと流言飛語に終わります。具体的に指摘していただければ本願寺派であれば大阪教区の問題として、指摘できます。現に、そういう門徒さんからの証言と苦情で、僧侶資格をはく奪した例もありますから。
西本願寺が金権第一主義宗教団体であるというなら、その事実を示して下さい。地域によって事情がだいぶ違います。道場ですから、個別差が激しいです。門徒300という大寺院もあれば50という寺院もあります。
すくなくとも、当寺が本願寺派であるのは、本願寺門主一家や本願寺派という宗派は、問題はあっても「ご法義相続」という中核は依然として大切にされている事実をふまえています。
上納金のバック?ってなんですか。そんな制度が本派にあるのですか?無縁仏お墓を集めて私有地に変更?
法人規則にのっとらなければ、違法ですから処分されます。
具体的におっしゃってください。事実であるならその寺院の門徒なら裁判できますし、裁判所で仮処分申請できます。
次に門徒数の問題。本願寺の認定する「門徒」は門徒式を受けたものです。厳密な意味での門徒はそれなりに主体的に活動されていますし、僧侶との対話批判も行われています。また、宗議会においても門徒議員枠があります。
本末制度はない。檀家制度もないのに、愚か者さんが無い制度をあたかもあるように受け止められるのは、なぜなのでしょう(末寺や檀家という言葉を使われますね)。
そのような習俗意識を振り回す、真宗僧侶やお寺に直面されているということでしょうか。
ちなみに、当寺は会員のうちのコア会員(壮年会婦人会員)のみを、宗派のいう門徒としております。もちろん会名が門信徒会ですので、拡大して会員さんをふつうご「門徒」さんと称しますが、厳密な意味では、帰敬式を受けて門徒式章をもち、釈〇〇の法名をお持ちの方を登録門徒とします。それでも宗派登録数は一定ですから、年度によっては人数より多い金額jを払うこともあります。おしなべてということです。
二つ目の書き込みは、事実誤認もありまた一部回答していますので、一応ここまでにします。必要なら、論破しますが。あまり意義を感じません。
それよりも、私たち真宗僧侶にとっては、古典的批判である、檀家制度や世襲制やら、はたまた寺院不要論やらを出されて批判される、愚か者さんのおかれている門徒としての実態が気になります。
お取次ぎ寺院から、帰敬式の案内はありますか? また、月二回程度の門徒の集会はありますか?
さらには、さまざまな寺院や組や教区の活動への参加勧誘がありますでしょうか?
もしも、不活性寺院やお教化のない僧侶と御縁があって、不満が多いなら活性化している寺院・僧侶とおつきあいされたらどうでしょうか?どこのお寺を自分の所属にするか、はたまた講という門徒のみの組織で聞法するかも自由に選択できます。
同じく批判的でありながらコンタクトをとっている、このブログにもカキコをなされている河野さんのブログにも飛んでみてください。門徒推進員さんです。
愚か者さん、何かお力になれることはありませんか?
|
お寺のくらし






こんばんは。その「河野」です。
http://blogs.yahoo.co.jp/kyoro5210
[ 一般神仏崇敬者 ]
2012/12/7(金) 午後 10:33