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赤い木の実 竹久夢二 雪のふる日に小兎は あかい木の実がたべたさに 親のねたまに山をいで 城の門まできはきたが あかい木の実はみえもせず 路はわからず日はくれる ながい廊下の窓のした なにやら赤いものがある そつとしのむできてみれば 二の姫君のかんざしの 珊瑚の珠のはづかしく たべてよいやらわるいやら 兎はかなしくなりました。
ナンテンの実。お寺の庭でも、夢二のいうようにまるで宝石のように輝きます。ナンテンは、葉も実も薬になります。彩だけではなく実用的でもあるのですね。「南天」と漢字で書くと、噺家の「桂南天(初代)」が思いだされます。本堂での落語会や、子どもたち相手の影絵芝居に紙切、余興の踊り。多芸博識の人でしたが、千本通りに引っ越されて壽光寺との縁が薄れました。人間国宝の桂米朝師がその晩年のお世話をやかれて、昭和四十七(一九七二)年の葬儀には、アチャコさんやら著名の芸人さんが集合して、にぎにぎしく玉出の光福寺で行われました。 それから、四〇年すぎて、住職は高座で、「落語」のルーツである「節談説教」を本分としていそしんでいます。これもまた不思議の御縁、「遠く宿縁を慶べ」といただくことであります。南無阿弥陀仏。
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少し前のNHKの「落語でブッダ」(確かこんなタイトル?)に出演されていませんでしたか?
ちゃんとした節談説教を一度聞いてみたいものです。
前に東別院(名古屋)でさわりだけ拝聴したことがあります。(この夏は西別院で真宗落語というものをきかせていただきましたが。)
真宗のみ教えは易行念仏の教え、他力回向の念仏と言いますが、なかなか腹の底から分かるのは何度も聞かせていただかないと難しいのかと、最近思います。
まあ、完全に分かる必要もないのかもしれませんが。
[ yuimakoji50 ]
2014/12/24(水) 午後 5:46
> yuimakoji50さん
はい、NHKには、二年お世話になりました。来年8月
は岐阜でお説教します。
2014/12/25(木) 午後 4:52
> nazunaさん
先日、親戚の1周忌に参列しました。(たぶん、御住職はお東)読経があり皆で正信偈を上げた後、ごく自然と御法談になりました。最近では家族葬を通り越し、直葬(読経なし、収骨のみ)もあり、家族や身寄りのない方ならいざ知らず、血縁の方でもそちらを選ぶ人もいるという世相を嘆いておられた。多くの人から宗教的情操が消えかかっているこの時代に、私も仏教(真宗)の再興をねがうものの一人である。岐阜は我が家の所属寺(お西)もあり、ご縁の深い地です。ぜひ、その折にはお参りさせていただきたいものです。
[ yuimakoji50 ]
2014/12/27(土) 午後 5:40
> yuimakoji50さん
なるほど。葬儀については、いろいろと意見が僧侶間でもありますね。直葬というのは私も反対です。これは民俗文化としての葬儀が世界中にあるように、「人の死」をトピックにしてこそ「いのちの尊さ」を想うからです。さらにそこに「宗教」が要請されるのは、やはり「死」だけが体験談ができず常に「他者の死」を取り込むことでしか体感できないからです。その意味で葬儀に僧侶がかかわることは大切ですが、御当流はそもそも「平生業成」ですから、日常の仏縁をとらえて法座活動でお聴聞をし、できるように僧侶や寺院の活動をそっち向きにと思っております。岐阜はおそらく8月15日〜20日となるようです。
2014/12/27(土) 午後 5:57