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ぼくは川 阪田寛夫
じわじわひろがり
背をのばし
土を砂とをうるおして くねってうねって ほとばしり とまれと言ってももうとまらない
ぼくは川
真っ赤な月にのたうったり
砂漠の中に渇いたり それでも雲の影うかべ さかなのうろこを光らせて
あたらしい日へほとばしる あたらしい日へほとばしる
十一月は、高校の大先輩。阪田寛夫さんの名作を読む。教科書にも採用されているので、御存じの方もいらっしゃるのではないでしょうか。川の姿に自分を重ねながら、「そうありたい」という願いを描いている詩と理解されます。この「川」に如来を思うのです。
「真っ赤な月にのたうったり 砂漠の中に渇いたり」というフレーズから、人生の苦悩に「のたうち救いをもとめて「渇く」姿が、目にうかびます。法蔵菩薩さまが成道なされて、「阿弥陀佛」と名乗りあげられたそのときには、滝の如く血を流されその皮で三千世界を全て覆われるほどの「捨身行」を行われたのだと、経典にあります。自業自得で自身の生き方の結果を、我が身一つで引き受けていかねばならないのが、厳しい現実です。
つまりは、「あなたや私の生き方が」問われるのです。宗祖親鸞さまは、まさしく身をもって、仏さまを仰いで「自己を問い自己に習」われたかたでした。それは日本で最初に結婚し家族をもちつつも、「仏道」を歩むという生き方でした。そして「わが行業は地獄行きのものだ」と戦慄されたそのときに、「お前に代わって身を投げ出して修行したから大丈夫。お前は悟りの世界へ往きブッダとなると定まってある」と聞き信順されたのでした。それが「南無阿弥陀仏」の御呼び声であります。
十一月の行事
○土曜お朝事 午前七時半〜八時半 正信偈 一席法話
七日、十四日、二十一日、二十八日
○常例法座 十二日(木) 午後二時〜 新説親鸞聖人伝8 住職
○秋の遠足 二十八日(土)午後一時〜
☆北御堂(津村別院・報恩講)
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